小学校に入ると本格的にしかられるようになりました。
1年生のとき、いたずらをして先生にこの手がいけないと云って左手をピシャリとやられました。
けっこう痛かったですが、このまま引き下がるのもなんだと思ったのでしょう、こっちの手がやったんだから、こっちをたたけと右の手を出したのです。
先生はちょっとたじろいだ表情をしましたが、あちらもここで引き下がってはなんだと思われたのでしょう、仕方なさそうに右の手を同じようにはたいて教壇に戻って行かれました。若い女の先生でした。
私もそのときのことは先生の表情まで良く覚えているのですが、先生も手を焼いたのでしょう。教員室に戻って話されたようで、それからずっと経ち、5~6年生のとき受け持たれた先生が転任して来たとき最初に聞いたとのことで、それがこの子だったのかと興味深げに私をながめておられたのを覚えてます。語り継がれていたのです。参った参った。
それからまたず~っと経って、この先生の弔辞を読むことに、ご縁です。
恩師のご葬儀に読ませていただいた弔辞です。
なぜ私の手許に弔辞があるのか?!実は、ブログでは分らないのですが、私は生来の超乱筆でして、見られては恥ずかしいので皆読んだあと持って帰って来てしまうのです。それでなんです。