子供力
私の友人に、聴覚障害者の人が何人かいます。
地元の手話サークルに入っていたので、そのつながりで
彼女たちとは、手話で会話するわけですが
私の手話は、かなり未熟なので
私の口の動きと彼女たちの勘によって、大半の会話が補われています。
私が接した限りでは
手話表現というものには、「あいまい」な表現が無く
会話も、ストレートな表現を使うことが多いように思えました。
昔、ろう学校では手話を使うことが禁止されていたそうです。
ろう学校で勉強するのは、口話で
発声を練習し、しゃべる練習をしていたそうです。
それでも、こっそり手話を使っていたそうで
先輩たちから教わったと言ってましたけれど
使っているところを先生にみつかると、手をぴしゃっとたたかれたとか
聴覚障害者は、見た目では健聴者と変わりありませんから
会話の時に相手の唇の動きを読み、口話で話ができれば
聴覚障害も健聴者と変わらないと言うことですよね。
それでも、手話は普及し
現在は、彼女たちみんな手話で会話をしています。
そんな彼女たちと、いっしょに講演を聴いたり
ファミレスに行ったりするわけですが
一応、「ボランティア」という名目でやってるわけですけれど
彼女たちとしゃべってると、気がつくと励まされているのは自分の方であったりして
そんなところでも、情けなさを発揮している私です。
彼女たちつながりで
ろう重複(ここでは聴覚障害と知的障害のある方々)施設のバザーに、幼稚園児のJ.O.とデュモンを連れて行ったことがあります。
なにせ、ワケワカなこのふたり
大丈夫なのかなぁ?とおっかなびっくり連れて行ったのですが
最初こそ、話しは通じないし、奇声を上げてる人もいるしで
ちょっと驚いていたのですけれど
あっという間になじんでしまい
私のそばから離れて、餅つきを手伝ったり劇を見たり
手話ができなくても、なんとか会話が成り立っていて
「帰ろう」と言ったら「いやだ」と泣いて騒いでみたり
すごく楽しかったようです。
会話ができずとも、あっという間に以心伝心してしまう幼稚園児
私にはできないなぁ
大人って、やっぱり何かを無くしちゃっているのでしょうか