母が緊急入院した………!
母親との永遠の別れを意識した出来事について記します。



先日、腹痛を訴え出した母。
近所の内科を受診して、
検査するも原因判らず、
自宅にて、
処方された整腸剤を飲んで、横になっていました。

しかし、痛みが増していく一方だとのことだったので、
思い切って、聞いてみる。

「大きな病院に行ってみよう?どこの病院が一番安心できる?」

近くに大きな総合病院はいくつかあるけども、
以前からお世話になっている、地元でも有名な某大病院にとの希望が出たので、
夜中にお腹が痛い痛いと訴える母と、
心配のあまり、少し平静を保てなくなってきている父を乗せて、
その某総合病院へ。

到着したのは、腹痛の訴えからまる一日ほど経った、夜9時過ぎ。

そこで行われた検査、診察の結果、
なんと、

「急性膵炎が疑われ、はっきり申し上げて重症と判断しますので、緊急入院の上、集中治療が必要なご容態です。」

………………………………………!!!!!!

絶句する父。
私も内心、絶望のあまり全身から血の気が引いていくのを感じました。

しかし、ここは丁寧に母をよろしくお頼みしますとよくよくお願い申し上げ、
私と父が自宅に帰宅したのは、ほとんど外が明るくなってからでした。

次の日、あらためて母の見舞いに訪れた父と私。
そこで見たのは、痛たましい母の姿……。

集中治療室の中で、両腕に痛み止めと、栄養点滴を繋がれ、眠っている母。

膵臓とは、主に胃や腸に消化に必要な酵素という液体を供給する、肝臓に並ぶ重要な役割を担う臓器であることを、初めて知りました。

その膵臓が、大きく腫れ上がり、多臓器不全を併発して亡くなられる方もいらっしゃる現実がある中で、
できるだけリスクを回避するために、
お茶も歯磨きすらも禁止され、
ただ異物を体外から入れずに絶食させられ、
栄養点滴によって生命を維持するしかない非常に厳しい状況に立たされ、
私達家族以上に深刻なストレスを、
まさに今、受け続ける母の姿を、
情けないけれども、直視すらできない自分が、どうしようもなく歯がゆかった……!
膵臓は沈黙の臓器と言われ、痛みが出たときには手遅れのケースも多々あることも、知ってはいました。

母は5人兄弟であり、
私にとっても幼少の頃より可愛がってもらった叔父や叔母に、
厳しいと言わざるを得ない事情説明をする中、
やはり何度もよぎる最悪のシナリオ。

突然すぎる母との別れ。

恥ずかしいことに、私は母と最近、口喧嘩をしてあまり口を聞いていなかった。
しかし、どちらの言い分が正しいのかなんて、
もうどうでもいい!
あの心配性の優しい母が、もとの通り生還するには、私は「今ここ」で、何をするべきか?

母の容態と、
コロナウィルスの影響で、
「一日10分、1名まで」
と、限りなく制限された面会時間は、
全て、一番心配している父に譲り、
冷静さを欠き始めている父に代わり、
状況判断と、他の子供兄弟への、各方面への説明、協力要請を進めていく中、

私も本当は泣きたくて、
泣きたくて仕様がなかった…!

こんな私を無条件に愛し、
ことある事にいつも心配してくれていた母。

なぜ、もっと素直に、
もっと正直に、その想いに報いることができなかったのかと、嘆くばかりでありました…………。


やがて数日が経ち、
主治医から病状説明があり、
膵臓の炎症も収まり、
組織が壊死することもなく正常な機能を取り戻しつつあるので、
集中治療室から大部屋への移動、
点滴を外しての通常の病院食、
自力で歩いて用を足すことも可能とのことで、

「山を超えて、命は助かったと診ていいでしょう。今後一年間は、通院と検査を受けてもらい、癌がなどの病変が出てこなければ、治療完了と見て良いでしょう」
とのお言葉を頂く。

………心底、安心できる言葉がけでした。

今回の出来事の中で、考えさせられたのは、2つ程あります。

一つは、人はいつなんどき、突然亡くなることになっても不思議はないこと。

もう一つは、やはり、もし人生の終末期を迎えることになった人に対して、セラピストとして何ができるだろうかということ。

後者に関しては、非常に難しい課題です。

日頃、「今ここ」でそこにある幸福を見出して生きて行こうと説いているのに、

患部の痛みと、やがて訪れる死への恐怖という、まさに「今ここ」で実在する大きなストレスを抱えた方に、
それでも「今ここ」を意識すれば心は満たされるなどと、誰が言えましょう……。

「今ここ」が辛く苦しすぎるならば、
あえて、過去や未来のことに目を向けさせ、僅かに残された時間の中で、できる限り苦痛から遠ざけるためのワークがあってもいいのではないかと考えたのです。

これは、具体的にどのような手法になっていくでしょうか?

また、興味深い課題を与えられたものと身が引き締まる思いです。