64点。


私、当映画に衝撃を受けて、原作である、同名タイトルの漫画を続けて読破した次第です。良くも悪くも、とてつもないパワーを持ったお話でしたが、映画では少し描写が不足するのと、手放しでお薦め出来る内容では無いので、完全にネタバレします。

 

 

〜年代、背景、テーマ関連〜

劇中ではいつ、どこでのお話かは一切語られません。原作は1995年の公開で、場所のイメージは長野県小諸市、当映画のロケ地は新潟県長岡市です。扱うテーマは「日本の田舎地区における嫁不足」から派生する「外国人の結婚移住問題」です。

 

1980年代の後半に入ってから、メディアでこの嫁不足問題が盛んに報じられ、田舎の独身者たちはアジア本土に渡って花嫁を探した。主に貧困に喘ぐ中国、韓国、フィリピン出身の女性が対象となったことから、その一部を切り取って、人身売買だとする批判もある。当映画においては明らかに、倫理的に問題のある事業形態を取るけど、当の女性たちは選ばれるように必死。今より、ほんの少しだけ幸せになろうとして。

 

 

~ウィキペディアからあらすじを引用(映画に併せ一部修正)~

 

[起]

農家を営む老齢の両親と暮らす宍戸岩男。まもなく42歳を迎えるが、未だに非モテの独身である。

一人息子を溺愛する母・ツルは、毎夜、一人寂しく自慰を行う岩男の姿を覗き見ており、なんとか嫁をもらえないものか心配をしている。見合い話を持ち出そうとはするが、岩男は頑として応じない。

 

 

そのような折、同僚の吉岡愛子から、誕生日プレゼントとして、ゴリラのぬいぐるみをもらう。岩男はすっかり舞い上がり彼女への恋愛感情を抱くようになる。しかし、吉岡愛子は、その清楚で穏やかな見た目とは裏腹に、男性関係が非常に乱れていることを同僚の斉藤から知らされる。自身にとっての最後の恋、そして結婚のチャンスを確信していた岩男は、我を見失うほど取り乱し暴走してしまう。

 



[承]
そして岩男は思いを伝えるため、吉岡愛子の家へ行き告白をするが振られてしまう。このことがきっかけとなって、岩男は以前にフィリピンパブで話題になった「フィリピン人との国際結婚」のことを思い出し、国際結婚斡旋会社を訪問、約300万円を費やし、フィリピン人のアイリーンと半ば自暴自棄に結婚を決める。

 

 

当然、昔気質の母・ツルがそれを受け入れるわけもなく猛反対し、アイリーンに対し嫌悪と激しい怒りを示す。まともに口を聞かないばかりか暴力を振るい、猟銃を向けるなど殺意すら顕わにする。

 

 

岩男は何とかアイリーンから好かれようと模索したり、ツルからも守ろうとはするが、女性の扱いに疎いためか、なかなかうまくいかない。また、ことあるごとに嫌がるアイリーンに性的関係を迫り続け、二人の気持ちも通じ合わない。そもそも言葉も通じず愛情もなく、なかば金で買ったような結婚関係がうまくいくはずがない。

 

 

[転]

そのような中、外国人女性を相手に女衒を営んでいる塩崎が現れる。ツルと共謀して、強引にアイリーンを連れ出そうとするが、岩男はそれを食い止めるため、塩崎を猟銃で撃ち抜いてしまう。

 

 

岩男とアイリーンは塩崎の死体を山中に埋めて隠す。取り返しのつかないことをしてしまった恐怖と、不安を共有するようになったためか、岩男とアイリーンはその日を境に結ばれるようになる。

 

 

一方、塩崎の仲間から岩男への嫌がらせが始まる。だんだんエスカレートしていく嫌がらせに、もともと気の小さい岩男は精神的に追い詰められていく。極度の不安からか次第に性欲も暴走を始め、アイリーンのみならず女性と見るや誰かれかまわず関係を求めるようになり、特に吉岡愛子とは何度も関係をもつようになっていく。

 

 

毎日ビクビクしながら生きている岩男だが、この頃から日々、森に文字を刻み書き綴っていくようになっていた。

 

[結]

ある日、その文字を書いている途中に足を滑らせてしまった岩男は後頭部を強打、そのまま死亡する。岩男が死の際まで書き綴っていた文字、それは「アイリーン」であった。

 

 

数日後、アイリーンが岩男を発見、死体を見たツルはあまりのショックで気が動転して倒れ、言語障害と下半身不随を患ってしまう。アイリーンから介護を受けるが、すべてはアイリーンがもたらした災厄だと信じるツルは、それを頑なに拒む。面倒を見切れず、国へ帰ろうとするアイリーンにツルは姥捨てを求め、半ば脅迫に近い状態で自分を山へ運ばせるが、アイリーンから家に帰るよう説得される。

「子ども居る、そう思わないか…」

 

 

しかし、帰路の途中、アイリーンの中に宿っている岩男の子供を感じ取りながら、ツルは死を迎えるのだった。

 

(※これでもかなり端折っています。)

 

 □宍戸岩男役に安田顕とは色気が有り過ぎでねが。

何にしても、この映画の所為で、私の安田顕のイメージが地に堕ちましたとさ。

 

 

彼の心情は読み難いけど、事件を境に、アイリーンに好かれようとしていたことから反転、嫌われて国に帰らせようとしていたと思われる。私はきっちり嫌いになった!

 

 

□「守る。岩男さん、大丈夫。私が、守るから。」

 

 

アイリーンが岩男を受け入れる決断をした時が、終わりの始まりだった。慈愛の精神とはこういうことか。当映画では全く救われないけど、原作では救いの描写がある。

 

5年後。アイリーンは別の男性と再婚していた。その腕の中には、その男性との間に出来た乳児がいる。そしてそこへ駆け寄ってきたもう一人の子供の姿があった。その子こそ、岩男とアイリーンの間に生まれた子供なのであった。

 

~総評~

映画は非現実を味わうものだと先人は言う。私からはかけ離れた世界だからこそ、胸に響くものもあった。当映画は本当に無茶苦茶だけど、確かに愛は感じたし泣ける。みんな、今よりほんの少しだけ幸せになろうとしただけなのに、それって悪いこと?何で、上手く行かないんだろう。一体、誰が悪かったっていうんだろう。

 

 

これはだいぶ、大人の映画?凄くビターな味がするよぉ。ぺっぺっ。

 
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