新潟中越地震
平成16年10月23日夕方
新潟で地震が起きた
震度7
震源地は
越後川口
まさに叔父達の住む町が震源地でした
電話しても繋がらず
連絡がとれなかったのを覚えています
その時の状況をハルコさんから聞いて来た
あの頃はタクシーの運転手をしていたハルコさん
家に帰る時に地震にあったという
近くを流れる魚野川(うおのがわ)。ここの橋が沈み通行できなかったという。
ぐるーと周り山を越え 家に着くと、近所の家はほとんど倒壊し
自宅は前に傾いていた
幸い家の中には誰もいない
しかし連絡がとれない状況
地区毎に避難所が設けられ、近所の人達と過ごす日々
自家菜園をしている家がほとんどだったから食べる物には不自由しなかったという
各家協力的だったから
バーベキューしているような食事だったとか
川口… 魚沼のお米は有名だからね
震度5・6の余震は続く
不安はつのる日々だったが、前に傾いていた家は余震のおかげで基に戻った
嘘のような本当の話
基礎がしっかりしていて、叔父宅の家の地盤もしっかりしていたからだという
昔 鉄道が走っていた場所なので地盤がしっかりしてたらしい
型にはまったようだった
私達がいた居間の壁だけは 剥がれ落ち、断熱材もむきだし状態ではあったが、隣の仏間やリビングは今でもそのままの状態で保たれている
奇跡
完全倒壊だと400万円
家電品として100万円
の補助金が支給されたらしいが
、天災で家を無くした時 400万円支給されても 再び家を持つことは難しいという本音だった。
建坪が100坪の家だけに
はじめは「この歳でもう家は買えないね」と叔父と話したという
あの震災から17年…
昔ながらの伝統は続いていた
各店先では
バケツに雪を詰め ひっくり返し中をくり抜いたと思われるものが何十個も立ち並んでいた
穴の中に白や朱色のローソクを入れ、火を燈すという
雪蛍(ゆきほたる)
初めて聞いた
ちょうど私達が家にいた時、町内会の人が各家を周り、家庭用の雪蛍の材料を配りに来た
白い紙コップと2色のローソク
2月26日(土)と27日(日)は雪蛍の日で 26日にローソクに火を入れ 火が絶えないように一晩中見守るらしい。
町中にこの火が燈り
町中の人達が見守る風習
この町中の優しさが感じられます
一升瓶の数倍の瓶
緑川酒造のオブジェ
このお店は有名で
こじんまりした店先には この店オリジナルの清酒<緑川>とあの有名な清酒<八海山>の吟醸酒や<八海山>の生酒、<八海山>の酒粕もあった
<八海山>の吟醸生酒はあまり手に入いらないとか…
川口の先の山にある村
山古志村(やまこしむら)
震災で誰もが名前を聞いたことがあると思う
錦鯉を育ている村で名をあげた。村興しとして村長ががんばって村のアピールしてきた
震源地ではないが
震源地と間違われて一部報道されたらしいが復興は思った以上に早かったという
淡々と話すハルコさんだったが、
でも震災の恐ろしさを感じた
近くの川では昔から鮎が大量に捕れていたが、震災あとはめっきり捕れなくなったらしい
鮎も有名だったから
名産品から消えつつある
自然が自然をも変えてしまうのです