クスノキの番人(3.0) | 想像上のLand's berry

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言葉はデコヒーレンス(記事は公開後の一日程度 逐次改訂しますm(__)m)

クスノキの番人

監督:伊藤智彦

感想
 実写というのは、それだけで祝福だ。

 たとえ何気なく写したものでも、そこに映る家には暮らしてきた人々の年月が、川にはその瞬間にしか存在しなかった流れが、そして空を見上げれば、そこには何十億年も昔から地球を見守ってきた月の姿がある。

 東野作品の映像には、いつもそうしたものが刻み込まれていた。僕はいつも(部分的には)そうしたものを楽しみに見に来ていたのかもしれない。でも、今回は初のアニメだ。どうだろう…ね。

 冒頭、少し作画がぎこちないか。でもそれより何より、マスコットみたいに描かれるフクロウが気になる。作品のリアルのレベルが一気に下がる。ああ・・・こういう感じか。

 バカでかい月に照らされるクスノキのオープニング。監督は伊藤智彦、「ああ、S.A.O.の人か」。その時はとくに何も感じなかったけれど、ほどなくこの監督がどういう監督だったか気付かされる。「そうだ、この監督、めっちゃイヤな奴をあえて描く人だったわ」。

 結局、この人も自分のフォーマットに落とし込んでいるだけ、それが川原礫(SAO)でも、東野圭吾でも変わらない。ムダに広い空間、意味のないAR描写、コミカルなファッションショー、自身が助監督を務めた『サマーウォーズ』みたいな大仰な芝居。すべて、すべていらない。テンションは二段階くらい下げたっていいよ。もっと淡々とやってくれ。

 こういう映画を見ると、心が凍っていく。

 千舟さんのキャラデザもサイアクだ。なんだその髪型は、なんだその奇抜な服は。もう、なんでもかんでも「アニメ」にすんなよ。あと、劇伴もサイアクだったね。

 物語自体は、さすがに東野さんらしく泣かせるところがある。でも、泣かせる映画がそのまま良い映画だとは限らない。

 クスノキに吹く、ひんやりとした風が頬に当たる。僕はそういう映画を見たかった。

☆☆☆(3.0)



アニメーション映画『クスノキの番人』 本予告映像① 【2026年1月30日(金)公開】