かくかくしかじか(3.5) | 想像上のLand's berry

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言葉はデコヒーレンス(記事は公開後の一日程度 逐次改訂しますm(__)m)

『かくかくしかじか』

監督:関和亮

感想
 原作は何度も読んだ。

 冒頭、描かれた東京タワーが実写に切り替わるところから始まる。そして窓際の光景。なんとなく、「ルックバック」を思い起こさせる。マンガ家がマンガ家を描く作品で、「描け!」というメッセージが強く胸を打つ2つの作品。

 ところが、主人公が映った瞬間、「これはニセモノだな」と感じてしまった。昨今なにかと話題の永野芽郁。演者と作品は切り分けて考えるべきだけれど、頭の片隅にはそうした背景がどうしても現れる。

 だからこそ、この人が絵描きではないことが引っかかってしまう。別に、演者と役が同じ性質である必要はない、本来はね。でも、色々あって演者の性質に頭が行ってしまうことで、必然的にこの人が絵描きではなく「ニセモノ」だと感じてしまうのかも知れない。「この人別に描いてないやん」みたいなね。そうすると、すべてが薄っぺらに感じられてしまう。

 なにより「かくかくしかじか」がマンガ家がマンガ家を描いた作品だからこそ、それを役者が演じていることに違和感を覚えるのかな。「ルックバック」は原作もそうだし、アニメ版も監督はひたすら絵を描き続けてきた人だった。だからこそ生まれた説得力っていうのが絶対にあった。あれをこの実写版に期待してはいけないのだ。

 そんなこんなで序盤はかなり違和感があって、物語に入り込めなかった。先生役の大泉さんが出てきた辺りからは少しマシになって、大学生になると、年齢的にもそうだし役自体が自堕落な大学生みたいな感じになっていくから、(皮肉というかなんというか)役と演技が一致していったように思う。

 ただ、主人公の語りは最後まで受け入れられなかった。「ねえ先生」と呼びかける声に深み(原作の語りには少しの罪悪感とかがある)を感じなかった。あの語りが大事なのに、そこにまったく惹きつけられなかった。正直、色々言われていることを黙らせるような演技ではなかった。

 映画自体は割としっかりと作られていたと思う。原作者の東村さんが製作と脚本に関わっていて、物語的に多少削られている部分は(当然)あれど納得のいくものに仕上がっていた。もうひとつ、この映画で良かったのは実際のロケーションが使われていたこと、その辺は実写ならではの魅力かな。

 ただ、マンガ家が自分の人生を描いたこの映画において、そのマンガ的な部分は結局、アクセサリーにしかなっていなかった。作品そのものの表現にマンガ性がガッツリ関わっているわけじゃない。別に普通の映画って感じ。

☆☆☆★(3.5)



映画『かくかくしかじか』本予告|2025年5月16日(金)公開