ドラえもん のび太と空の理想郷(3.5) | 想像上のLand's berry

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言葉はデコヒーレンス(記事は公開後の一日程度 逐次改訂しますm(__)m)

『ドラえもん のび太と空の理想郷』

監督:堂山卓見

感想(ネタバレします)
 新作公開中だけれど去年の作品をアマプラで。

 脚本はおなじみの古沢良太さん。オリジナルの「大長編ドラえもん」の構造をよく学んでいる仕掛け。全体としてはよく出来ていると思う。でも、だからこそ些細な部分に違和感を覚える。不気味の谷というかな、構造的に近い分、かえって違和感が強調されるところがある。

 たとえば、のび太たちが探し求めるのが「ユートピア」ってところにいまいち少年心をくすぐられない。この映画が参照しているであろう『雲の王国』の雲の上の世界(天国)とか『創世日記』の地底空洞説にはシンプルなワクワク感があった。でも、トマス・モアの「ユートピア」って、わざわざそれっぽいの探して持ってきましたという感じだし、なんというか大人の発想の匂いがする。

 その「ユートピア」を過去にさかのぼって探し回るシーンはなかなか良かった。目撃証言のあった時代と場所に行って、実際には雲だったとかパレードの山車だったとか、そういう描写はちょっと心が躍った。

 でも、そこまで。

 なんかね、肝心の「ユートピア」の描写が全然魅力的じゃない。明らかに否定されるべきものとして描かれている。典型的なディストピア描写。ここを魅力的に見せないと、その後の展開にまったく説得力がなくなる。のび太が「ここに移住したい!」ってのも物語上の都合にしか見えなかった。それに、「スーパー小学生になるために移住する」ってのもなんかキャリア志向に見えてしまって、のび太らしくない。

 「ドラえもんは役に立たない、無駄だ」って言われた時、のび太は反論する。ドラえもんは隣にいてくれて云々、でもそれって結局、役に立つかどうかって指標で判断している。しずちゃんはこうこうで、スネ夫はこうこうで、ジャイアンはこうこうで、そんな感じでみんなの「らしさ」を挙げていく。いかにも個性が尊重される現代的。

 そんなの一言でいいんだよ。「僕らは友だちだ」って。それ以上の言葉なんて必要ある? 

 なんか、葛藤がないんだよね、この映画。最後、のび太が大上段に構えて自分たちの正義を語るところも本当にダメだった。君たちが正しいと思っているものも、単に現代社会がそういうものを至上のものとしているからに過ぎないわけで、言ってみれば僕らだってある意味では現代社会に洗脳されている。

 そういうのを相対化する視点、この「敵」にも正しい部分があるんじゃないかと思わせるようなところがあってしかるべきだし(ガンダムのシャアのように)、それでもなお、僕らはこっちを選ぶんだって気概がないと、なんか薄っぺらいものに見えてしまう。この映画は、結局、悪が単に倒されるべきものとして出て来ているからそういう葛藤がまったく見えてこなかった。

 で、最後はお涙頂戴。くだらないなって。

☆☆☆★(3.5)

 

 

『映画ドラえもん のび太と空の理想郷』3分ダイジェスト