ウソ禁止論verいくつか(改訂) | 想像上のLand's berry

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言葉はデコヒーレンス(記事は公開後の一日程度 逐次改訂しますm(__)m)

「ウソ禁止論」
 

 なんとなく今考えていること。

 「恋愛禁止」は厄介な議論を呼び込む。だからもっと手前、万人が価値観を共有しえるところに防衛ライン(これだけは絶対に守れというライン)を敷こう。それはおそらく、「人を騙して利益を得るのは悪」というものになる。

 パートナーの存在(それが一人であれ複数であれ)を公表するかどうかは本人の自由だ。でも、居るのに居ないと言ったり、デートしてたのに一人で行ったと言えばそれはウソになる。そしてそのウソで人を釣って利益を得ようとすればそれは詐欺に等しい。

 もちろん、アイドルには元来、アイドルである自分を演じるという形で「演技」(ウソ)の部分が存在する。ただ、それが演技であることをファンが共有するためにはオンとオフの区別がつくことがまず必要だ。


 たとえば、俳優がステージ上で助けを求めても、それは演技として受け取られるだろう。ステージ上に上がっていく観客はいない。一方、道端で助けを求めたら、それは事実として受け取られる。人は近寄って手を差し伸べるだろう。ここには明確にオンとオフの切り替えがある。

 アイドルはその辺が曖昧だ。(歌詞は明らかに演技の言葉としても)パフォーマンスをしていない時にアイドルという役から離れるか、と言えば必ずしもそうじゃない。SNS時代は特にその傾向が顕著だ。オンとオフを明確にするために、SNS禁止という方向性はありえるだろうけれど、少なくとも48はそういう方向には進まなかった。

 だからこそ言葉は慎重に扱うべきなのだ。
 

 たとえばメンバーがSNSで「投票して」と言った場合、あるいは「信じて」と言った場合、僕らはそれを演技ではなく事実として受け取ることを求められている。でも、その前段で彼女がアイドルとしてのウソをついたとしたら、たとえば「恋人も作らず真面目に頑張っているので」「投票して/信じて」と言ったとしたら? 

 

 オンとオフが明確である場合、オンの時のウソは演技/フィクションとして回収される。だけど、オンとオフの境が曖昧になると、聞いている方は彼女の言葉が演技か事実か判断がつかない。「これはフィクションです」という但し書きがそこには付されていないからだ。したがって、そのウソは演技には回収されず単に人を騙すものとなるだろう。

 

 そして、人を騙して利益を得るのであれば、それは悪である。