エヴァとあいぴとヨコちゃんと | 想像上のLand's berry

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言葉はデコヒーレンス(記事は公開後の一日程度 逐次改訂しますm(__)m)

12月17日 AKB僕夏公演とNMB7期公演がかぶる。

 

 「僕夏」はそこまで好きじゃないんだけれど、ただ横山結衣が出るとなると話は別。あの子はいわばファンタジスタ。つぎにどんなプレーをするか予想がつかない。一本のパス、ひとつのトラップでファンを熱狂させる。ヨコちゃんが出ている「僕夏」なら見てみたい。そう思わせる力がある。

 7期公演は見られる機会も多いからアーカイブで見ることにして、今日は「僕夏」を見ようかな。だけど、「最後のカタルシス」は別。あの曲の佐月愛果だけは絶対に見逃せない。アーカイブ(dmm)では分からない。いまVRで見るべき何かがあるとすれば、「最後のカタルシス」のあいぴがそれだ。

 なかでも特筆すべきは「道のゴミ袋~望まれる夢を見てた」の間のわずか20秒弱。あの瞬間、あの一角が演技空間になる。距離0メートル。

「道のゴミ袋」

 道に打ち捨てられたかのようにステージに膝をつく。ただ膝をつくだけじゃない。瞬間、心を失くしたように、モノみたいになる。あるいは人形のように。

「誰かの怒鳴り声」

 渡辺麻友にあこがれていたというあいぴ。研究生の固定ヘアも初期の麻友を彷彿とさせる。どこか人形のような可愛らしさ。

 ところが、ここで「人形」という言葉は二重化されていく。可愛らしさとしての人形から、モノとしての、あるいは魂の抜け殻としての人形へ。それもまた「ヒカルものたち」のMVでの麻友を思い起こさせる。

「望まれず生まれて」

 綾波レイのように手をつき、初号機のように前を向き、アスカのように立ち上がる。語り得ないものを語るには何かに喩える他ない。この20秒の宇宙は、エヴァのような何かを感じさせる。


「望まれる夢を見てた」

 そして、ただひとりの佐月愛果へ。

 

「俺なりに生きてみる」

 

 僕はいつもここで泣けてしまう。佐月愛果というひとりの存在それ自体が僕を泣かしめるんだ。