猿でも分かること | 想像上のLand's berry

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言葉はデコヒーレンス(記事は公開後の一日程度 逐次改訂しますm(__)m)

「猿でも分かること」

 

 近頃の報道を見ていると、どうもAKSは、まほほん(山口真帆)が教唆orつながりの「証拠」を持っていたかどうかを争点にしたいようだ。けれど、それは単なる論点そらしに過ぎない。だって、それじゃあ第三者委員会はいったい何のためにあったの? 何度も書いているように、この件の鍵は第三者委員会の調査にあるんだ。

 まほほんには仲間のメンバーを疑うべき「合理的な根拠」があった。彼女は実際に自宅マンションで襲われて、そしてその犯人が「メンバーに唆された」と言ったことを聞いているからだ。もちろん、「それだけでは証拠がないからメンバーの処分なんて出来ません」という運営の理屈も分かる。だけど、だからこその第三者委員会だった筈で。

 その後の動きを見ていると、運営としては、ここで「問題なし」というお墨付きをもらって、それで再始動というストーリーを思い描いていたのだろう。ところが、第三者委員会の判断は、少なくとも「つながり」に関しては「否定することは難しい」というものだった。彼らはその点に関しては運営に忖度しなかったわけだ。

 しかるに運営は、自らの「ストーリー」に固執し、「不問」という判断をくだしてしまう。中立的な立場の委員会が「問題がある」という結論を下したのに、自分を守ってくれるはずのAKSがそれを「問題にしない」と言ったんだ。まほほんの立場に立てば、これは到底受け容れられる結論じゃないことが分かる。かくして彼女は旅立っていった。

(報告書が出た時に、処分はできないまでも「再教育期間として○ヶ月間グループ全体の活動を停止します」とでもしておけば良かったのだ。そうすれば、たとえまほほんを引き止められないまでも、再スタート後の風当たりは全く違っていただろう)

 運営はいまだにストーリーに固執している。彼/彼女たちは盛んに「問題はなかった」ということを強調しようとする。「黒メンバー」などいなかったし、「つながり」と云っても挨拶とかDM程度で大したつながりじゃなかったんだと。すべてまほほんの思い込みだったんだと。僕はそれは最大の悪手だと思う。

 第三者委員会の報告書にはこんな記述がある。

「メンバーがファンと私的に接触しそうになった場合や,ファンからそのような接触を受けた場合に正しい対応をする方向に教え導くためには,メンバーの良き指導者・良き相談者としてのマネージャーの存在が不可欠であると思われる。

 しかしながら,残念なことに,NGTのマネージャーの中には,自らにそのような役割が求められていることを明確に意識していない者がいるようにも見受けられた。そのため,メンバーから,他のメンバーがファンと私的領域で接触していると相談された場合,「証拠がない」などとしてこれに取り合っていなかったことや,メンバーからファンとの私的領域での接触を告白されていたにもかかわらず,マネージャーは何も対処しなかったことがあった。その結果,メンバーの中にはマネージャーに相談しても何も解決しないと考える者が存在していた」

(第三者委員会報告書)

 

 これを読むと、運営の考えがこの頃からまったく変わっていないことが分かる。彼/彼女たちはいまだに同じ主張を繰り返している。第三者委員会の指摘に真摯に向き合っていないんだ。いくら取締役を替えて表面上は変わったように見せていても、中身は何も変わっちゃいない。


 「問題はなかった」と言うことと、「変わった」と言うことは両立しない。「問題はなかったけれど、私達は変わったんです」と言うのは説得力がない。「問題はなかった」と言っていること自体が「変わろうとしていない」ことの証左になってしまうからだ。その上、問題提起をしたまほほんまで攻撃し始めたらこれはもう絶望的だ。

 

 AKSとしては「たしかに問題はありました。でも私達は変わったんです」の一手しかないと思うのだけれど、彼/彼女たちにはなぜだかそれが理解できないらしい。もふちゃん(村雲颯香)が「グループが変わっていくことは決して簡単ではないと、この数ヶ月間で身に染みて分かりました」と言いたくなるのもむべなるかなと思える。