一方、アポロ11での月面の描写はややトーンダウン。別にCG臭さは全然ないのだけれど、なんだろう…モノとしての存在感…あるいはアウラ(オーラ)のようなものが感じられないと言うか。カメラというのは「何かを写す」というそれ自体の内に、なにか特別な力を備えている。その特別さがCGでは失われてしまう。
…と、『ファーストマン』について書いたのだけれど、実のところこれはオーストラリアの砕石場で撮影されたものらしい。となると、この映像は(デジタル修正されているとは言え)実際に何かを写したものではあるわけだ↓
では、僕の違和感はどこから来ているのだろう。いくつかの理由が思い浮かぶ。
1.
まず、認識のズレの問題だ。僕は映画を見ていた時、これが採石場で撮影されたものだと知らなかったわけだけれど、少なくとも月面で撮影されたものでないことは知っていた。人類はあれからもう何十年も(有人では)月面に行っていないからだ。
となると、残りの可能性は他のどこかで撮影されたものか、あるいはCG合成ということになる。かつて、CGかどうかは見分けがついた。でも今は違う。見分けがつかない。確証を持てないがゆえに、月面で撮影されたものではありえないという知識が優越する。
かつてC.S.パースは、絵画にはない写真特有の記号性をインデックスという概念で説明した。対象からの光によって作られる写真は、足跡などと同様に、事物の痕跡と見なすことが出来る。しかしながら、写真がそうしたインデックス性を発揮するためには、受容者がそれを写真と知っている必要がある。
写真(実写)かCGか確証が持てない僕に対しては、この映像はインデックス性を発揮することが出来なかった。と、とりあえずは考えることが出来る。
2.
もうひとつの理由としては、カメラ自体の問題がある。実際に撮られたアポロの月面映像と映画の映像を見比べると、ある顕著な違いがある。それは映像のクリアさ。たとえばアポロ17の映像では、レンズに細かい砂塵が付着していたり、白飛びしていたり、色収差の問題が出ていたりする。
(月面映像は3:35:00辺りから)
カメラの性能の問題もあるのだろうけれど、それ以前にこうした状況で撮影するということの問題が現れているだろう。地球上だったら細かい調節も簡単にできちゃうけれど、真空状態でそれをやるのは簡単じゃない。端的に言って、映画のカメラは、あまりにクリアに撮れ過ぎていて極限状態に置かれているようには思えないんだ。まあ、今ならAUTOモードで何とかなっちゃうだろうけれどね。
3.
最後に、被写体の問題もあるだろう。月面をクリアに撮った映像としては、「かぐや」によるものがある。上空からの映像だから必ずしもアポロと同じ条件ではないのだけれど、少なくともこの映像を見る限り、分かることがひとつある。それは、月面をクリアに撮ると、実写映像なのにまるでCGのように見えるということ。
空気がないことによって、揺らぎとか霞みが生じない。そのことが実写映像にCGっぽさを与えている。思うに、アウラ(オーラ)というのは、地球上で、僕らの生きている環境で生まれた感覚なんだ。僕らはいつもそうした環境の中で事物を捉えてきた。宇宙空間ではそもそもその感覚は働かない…のかも知れない。
(追記:映画は地上で撮影されているから、本来はその感覚は働く筈だけれど、照明や被写界深度によって、宇宙空間のそうしたクリアさを擬似的に再現している)