殴り書き(歌唱力審査に関するetc) | 想像上のLand's berry

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言葉はデコヒーレンス(記事は公開後の一日程度 逐次改訂しますm(__)m)


殴り書き(歌唱力審査に関するetc)

 二日連続で行われた歌唱力No.1決定戦(予選)。

1.
 近ごろ、48ではダンス審査、歌唱力審査とパフォーマンス関連の審査が立て続けに行われている。AKBにおいて、パフォーマンスをどう評価するかは永遠の課題だ。

 総選挙を例に出すまでもなく、AKBは他のどこより民主制が発達したアイドルグループだ。どこかに「分かっている人」がいて、そいつの言うことがすべて正しいという考え方は、AKBにはそぐわない。だってそれは忌むべき権威主義だから。

 そこに、AKBにおけるパフォーマンス審査の難しさもある。審査員の言うことを唯々諾々と受け入れられるようなら、ぼく(ら)はAKBヲタなんてやっちゃあいない。かと言って、ファン投票にしてしまうと、結局、「推しメン」人気投票になってしまうだろう(リクアワのように)。

 歌唱力審査で僕が思ったのは、審査員は少なくとも5人くらいは居た方が良いということ。審査員が多ければ多いほど民主主義に近づいていく。もうひとつ、ヲタはヲタで「推し」の他にもちゃんと「誰それが良かった」という判断を下している筈なんだ。そうした意見をどうやってすくい上げるか。そのシステム構築が喫緊の課題となる。

 とりあえず、歌唱力審査で僕が気に入ったのは、初日はHKT豊永阿紀ちゃん、二日目はチーム8のはっつ(歌田初夏)かな。

20181201 歌田初夏

2.
 逆にうーん…と思ったのは、AKBの若手(の一部)。

 僕は、わずかでもチャンスがあるなら挑戦したほうが良いと考えている。でも、ロクに練習もしてこない、ちゃんと歌詞も覚えてこないなんてのは、「挑戦」の内に入らないだろう。

 そんな態度は、時間を割いて来てくれた審査員や、枠を確保してくれた大人たちに対しても失礼だ。普通だったら、そんなタレントは二度と呼ばれない。それでも、彼女たちは平気な顔でそんなことをしでかす。

 なぜか? AKB48ってのはグループ総勢何百人もいるグループで、彼女たちは自らがその何百分の一の存在に過ぎないってことを知っているからだ。自らを凡百の存在にするのは他ならぬ自ら自身だ。彼女たちはなにより自分自身をバカにしている。

 「ヘタでも一生懸命やっていることが大切」*だと言ったのは他ならぬ秋元康だ。下手なのは仕方ない。でも、下手だし一生懸命でもないなら、このグループにいったい何の価値があるんだ。
(*『AKB48の戦略! 秋元康の仕事術』)

3.
 その点では、なーみん(浅井七海)はちゃんとしていた。ただ、「他の子はダメだったけれど推しは良かった」と言うのは、僕の性には合わない。歌詞をちゃんと覚えてくるなんてのは、あくまでも最低限のラインに過ぎない。

 なーみんの歌唱は、僕の印象では、ややパンチに欠けていた。審査員の十川さんがなぁちゃん(岡田奈々)の歌唱を、「技術の上にもうひとつ何かが乗っかっている」と評していたけれど、なーみんの歌唱にはその「もうひとつの何か」が欠けているように思えた。
(まなかは逆に、そのもうひとつの部分はあるのに、技術が伴ってなかった印象)

 僕がなぁちゃんの「歌」やさくら(宮脇咲良)の「演技」を評価してきたのは、「技術」もさることながら、「表現力」とか「気迫」とかそういう部分だった。

何より、彼女は圧倒的な歌の力を持っている。ただガナり立てるだけの、そこらの声量だけでかい「歌の上手い人」とは別格の表現力。現在、AKBで1番歌が上手いのは「わさみん」(岩佐美咲)ってことになっているけれど、岡田奈々のポテンシャルは、それをも上回るものかも知れない。

さくらたんの存在そのものが持つ力によって、あおいたんがその感情の渦に巻き込まれてしまった……存在そのものの力、あるいは気迫と言っても良いですが……観客全てを虜にしてしまうような、そんな気迫が大事なのだなと改めて感じたのでした

 さくらの演技が「別に上手くない」って思う人もたぶんいるだろう。でも、あの「気迫」、魂そのものを燃やしているようなあの「気迫」があるから、僕は彼女の演技に目を奪われてしまう。

 そうした「気迫」はまた、『PRODUCE48』のパフォーマンス審査でも現れていた。最初のスキル評価で「A」判定をもらったさくら。でも、韓国候補生などからは「本当にAだったのかな…」という声も漏れていた。技術的には完璧ではなかったかも知れない。

 そんな中で審査員たちが評価したのも、やはりさくらの「気迫」というか、そういう部分だった。「あなたがなぜ有力な一位候補なのか分かった」「目の中に炎が見える」というのが、その時の評価だった。

 なぁちゃんの「表現力」というのもまた、その一部はそういう部分から来ているように僕は思う。

(追記:話をなーみんに戻せば、「ネ申」合宿で菅井先生がなーみんに対して「これからセンターを目指すなら残しても良い」みたいな発言をしていたのも、そういう「気迫」の部分を求めていたからなんじゃないかな…)