人魚の眠る家(4.0) | 想像上のLand's berry

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言葉はデコヒーレンス(記事は公開後の一日程度 逐次改訂しますm(__)m)

 
人魚の眠る家
 
監督:堤幸彦
 
概要
 数々の著書が映像化されてきた作家・東野圭吾の小説を原作にしたミステリー。事故で重体に陥った少女の両親が過酷な選択を強いられる。メガホンを取るのは『トリック』シリーズなどの堤幸彦。『アンフェア』シリーズなどの篠原涼子が主演を務め、『MOZU』シリーズなどの西島秀俊らが共演する。脚本を、NHKの連続テレビ小説「まれ」やドラマシリーズ「犯罪症候群」などの篠崎絵里子が担当する。(シネマトゥデイより)
 
感想
 「東野圭吾」と聞くと見に行ってしまう性分。今年は「祈りの~」は割りと当たり、「ラプラス」は大外れ←
 
 さて、これはどうか…。
 
 少し不安だったのは、堤幸彦監督。あの「おふざけ」が入るとどうかな…と。思っていたら、これはしごく真面目に作ってある。その辺は安心していい。三池さんや福田さんとは違う←
 
 今回のテーマは「脳死」。「人形」ではなく「人魚」になっているのは、ある種の文学的余白と言うかな…そういうものだと思うけれど、「人魚の眠る家」というのは、要は「人形の眠る家」でもあるわけだ。意識のない身体を操る様は、まるで生体を用いた操り人形を見ているようだった。あるいは、世界一美しいミイラ…ロザリア・ロンバルドを見るような、そういう類の不気味さがこの作品を妖しく光らせている。
 
 「環境」とか「原発」とか「派遣労働」とか、社会問題を扱う時の手付きがいつもどこか表面的というか、上っ面を滑っているような印象がある東野さん。この作品にはそういう印象はない。「脳死」という直接的にパーソナルな問題は東野作品にうまく噛み合っている。
 
 画作り、役者の演技、演出…などなど、映像作品としての質も高い。とくに序盤はぐいぐい引き込まれる。
 
 ただ、どうだろうな…。
 
 東野作品の根底にある「ピュアさ」は、基本的には利他性に結びついている。たとえば、『容疑者X』のように、「他の誰かのためにする殺人」というのが典型的で、「利己」というノイズが入らないことで「ピュアさ」が生まれる。
 
 そこへ行くと、この作品はむしろ「利己」が前面にあらわれている…というより、主人公たちの行動が結局、「利己」なのか「利他」なのか判然とせんまま物語が進行していく。そういう意図があるのは分かるけれど、とくに篠原涼子が周りを振り回しすぎで、その心情についていけん。いまいち納得できないまま、物語は着地点へと向かっていく。
 
 終わり方は綺麗だと思うけれど、こういうことをやりたいなら、もう少し篠原涼子/西島秀俊夫妻の心理描写を丹念にやるべきだったのかな…と。坂口健太郎くんとか、りっちゃん(川栄李奈)とか、演技はとても良いし、映画の中での存在感もあるんだけれど、終わってみると、「この二人のパート、じつは大して必要なかったんじゃね?」という感想にもなった。
 
 全体がひとつの目的…着地点に向かってうまくコーディネートされていないという点で、ちと惜しい作品。
 
☆☆☆☆(4.0)
 
P.S.
 しかし…りっちゃんは(もともと演技うまいとは思っていたけれど)もう普通に役者としてやれている感じだね。演技の実力もないのに「脱アイドル」とか言って、何の武器も持たずに消えていく子がいる一方で、同じことを言ってこういう風にやれてしまう子もいる。世の中は残酷だ。