なぎゅのパフォーマンスは好き。
全体的なパフォーマンスでは、SKEのステージがたとえば「全力」とか「力強さ」という言葉で表せるとしたら、AKBはもっと女の子らしい「柔らかさ」というか、そういう言葉を連想させた。とくになぎゅ(庄司なぎさ)辺りはそんな感じ。
序盤、上手側の女王はなぎゅ(庄司なぎさ)だ。どことなく、気まぐれなネコを連想させるなぎゅ。クールさとセクシーさとを兼ね備えたパフォーマンス。
「言い得ないこと」
1.
ぼくは、なぎゅのパフォーマンスが好きだった。
あの日、とつぜん僕らの前から消えてしまったなぎゅ。あまりに唐突な卒業発表だったから、きっと何かあったんだろうな…とは思うけれど、いまは何を言っても憶測でしかない。
なんだろうな…
思い出すのはいくつかのこと。ネ申の「アイドル修業中」合宿で必死に食らいついていたなぎゅ。毎日配信を途切れさせたくなくて、あの日の当日朝にも配信していたなぎゅ…。
「そばかすのキス」で、「この渚♪」という歌詞のたびにカメラに抜かれていたなぎゅ。そこで特にアピールするわけでもなく、しれーっと踊り続ける、そんな姿が微笑ましかった。
はじめて公演を見に行った日、お見送りの時にあらぬ方向を見ていたなぎゅ。その時は「あれ…?」と思ったけれど、2度目、3度目の時には、ちゃんと目を見てニコッと笑ってくれて、それがとても嬉しかった。
ぼくは、なぎゅが好きだった。
なかなか人気が出ないことに対して悩み、何度か「病み」配信をしていたことも知っていた。ただ、16期生を見始めたのは、たかだか4ヶ月前、「推し」というわけでもなかった。本当に彼女のことを分かっていたわけじゃない。
2.
ぼくは、「アイドルを見る目がある」って類のことをよく書いている。それはもちろん、99%、肥大化した自分のエゴが為せるわざなのだけれど。残りの1%は、なんというか…自分の言葉に「お守り」的な意味合いを持たせたいってことがある。「ぼくが認めているんだから大丈夫」って、そういう言霊をね。
アイドルの時間は限られている。そんな短い時間に押し上げなきゃいけないのに、自分の力はあまりにも限られている。「推し」しか守れない。「推し」さえ守れない。たった1人に絞って力を注いでも、それでも全然足りないのに、他の子に回している余裕なんて本当はない。
それでも…「頑張ってるなあ」とか、「報われて欲しいなあ」とか…そう思える子は山ほどいて。限りある自らの力と、尽くせぬ想いのその心のギャップが、自分の言葉に「お守り」的な意味合いを持たせたいって、そういう心情に結びついている。
だけど…そんなの実際には何の力もない。同情するなら…って、話だよね。なぎゅがこのまま続けていたらどうなったか…それは分からない。彼女が卒業してしまったことを本当に悲しむ権利も、ぼくにはないだろう。だって、これまで何もしてこなかったんだから。
ただひとつ言えること。ぼくは、庄司なぎさというアイドルが好きだった。