「作られる歴史」
歴史はあとから振り返って作られる。
今になって振り返ると、すべてはあの頃にはじまっていたのかもしれない。
1.サクラスキー
2013年1月、僕は48メンバーの一人一人をフィーチャーした「偶像の彼方」というシリーズを書き始めた。
その第一回が、誰あろう宮脇咲良だった。むしろ、さくらがこのシリーズを始めるもともとのきっかけだったと言っても良い。
小動物のような愛らしさ。渡辺麻友が初めて出てきた頃のことを思い起こさせる。けれど、時折り垣間見せる賢さは、むしろ柏木由紀に近いのかも知れない。(2013年1月)
アイドル原理主義者である僕が「さくらたん」時代の彼女にハマるのは分かりやすい。実際、当時は選挙で投票もしていた。ただ、彼女が脱「さくらたん」化してからも、じつは一貫して評価はしている。もともとその演技も高く買っていたし、宮脇咲良という存在を認めてもいた。
さくらたんの存在そのものが持つ力によって、あおいたんがその感情の渦に巻き込まれてしまったという感じがしたんですよね。それを真正面から受けて、泣き出してしまった…。「あれこそ役者の力だな~」って。(2014年4月)
「豆腐プロレス」を見ていると、やっぱり咲良がいるだけでちゃんと画が持つんだ。それは単にルックスの問題じゃなくて、ひとりだけちゃんと演技が出来ているんだよね…。(2017年3月)
僕はずっと、心の何処かで、宮脇咲良こそが斜陽の48を引っ張っていってくれる存在だって、そう思ってきた。
48グループのことを考えた時に、誰を押し上げなきゃいけないのか…それはやっぱり咲良なんじゃないかと。(2016年6月)
そのさくらが、韓国に行ってしまう。僕自身、IZ*ONEのファンでもあるから複雑なんだけどね。「高く、高く飛べ…」って気持ちと、「ああ…さくら持ってかれた…」って気持ちと両方ある。
僕がSKEを離れた理由は色々あるけれど、その一つにもやっぱり、さくらが関わっている。今年の総選挙、僕はこんなことを書いている。
SKE1,2フィニッシュは喜ばしいとは思えども、さくらも好きだったりするから少し複雑な気持ちもありつつ…(2018年6月)
この「喜ばしいとは思えども」って他人事みたいな書き方が全てを物語っている。「やったー」とか「嬉しい」じゃないんだ。辞書で「喜ばしい」を引くと、「喜ぶべきこと」とある。あの時、僕はSKEが天下を獲ったことを「喜ぶべきこと」だとは思えども、でもまるで喜べなかった。心情的にはむしろ、さくらに肩入れしていた。
その時、僕は気付いてしまったんだ。自分はもうSKEヲタじゃないんだってことに。「推し」の存在だけが、唯一、僕をそこに留めていた。
つづく