AKBの話をしよう 回帰現象
1.「私兵と義勇兵」
ヲタの中には、私兵タイプと義勇兵タイプがいるように思う。この2つ、どの点で違いがあるかと言えば、それは忠誠を誓う相手だ。私兵が個人に対して忠誠を誓うのに対して、義勇兵はある理想/理念に忠誠を誓う。
私兵は主君(推し)がどこに行こうとも、どのような体制に従おうとも、主君についていくだろう。でも、義勇兵はそうじゃない。たとえ一緒に戦っているように見えても、義勇兵が忠誠を誓っているのは指揮官(推し)個人ではない。だから、指揮官が宗旨替えすれば、義勇兵は離れていく。
それはどっちが良いとか悪いとか、本物か偽物かという話じゃない。単にタイプが異なるというだけの話だ。
僕は…明らかに義勇兵タイプなんだろう。
2.「分離」
僕がSKEを離れたのも、一部にはそのことが関わっている。もともと僕は、SKEの理念に惹かれてやってきた人間だからだ。
いつしかその理念の(少なくとも僕にとっては)根幹が変わっていった。かつての理念に固執し続けると、いまや「アンチ」としてさえ扱われる。いざ「推し」を失ってみると、そこにはもはや僕の居場所はなかった。
僕はずっと「分離論」を唱えてきた。SDNのようなグループをもう一度作って、自由にやりたい子はみんなそっちに行けば良い。私兵タイプのヲタは「推し」がそっちに行ってもついていくだろうし、僕みたいな義勇兵タイプはこっちに残るだろう。
現実にはそれは、むしろ逆の形で果たされた。つまり、既存の各グループがSDN化し、僕が望むような理念は新グループや研究生に温存されるという形だ。
だから、研究生公演が残っていれば何かが違ったかも知れない。ところが、SKEは研究生公演をも廃止してしまった。僕にはもう、どこにも逃げ込む場所がなかった。
3.「故郷」
そしてぼくは、故郷…AKBへと帰ってきた。
16期公演がまだ続いていたのも大きかった。「レッツゴー研究生」は、16期生(の多く)が昇格したことによって、ぼくがSKEを離れてから2週間も経たないうちに千秋楽を迎えた。それでも間に合った。
わずかなタイミングが運命を変えていく。あそこで16期に出会わなかったら、あそこでゆいりーに再会してなかったら…たぶん、未だに「PRODUCE48」も見てなかったろう。
ひさしぶりの「故郷」は、思いのほか居心地がよい。
いま僕は、「48のソロアイドル化」ということを考えている。「みんな自己責任で」と言うなら、そもそもソロアイドル化していく他ない。選抜が「純正」選抜ではないことや、度重なる組閣によって「箱推し」が壊滅しているAKBは、すでにそういう方向にかなり進んでいる。
でも、そのことが却っていまの僕には心地がよい。 他の子のことなんて、そもそも誰も(SKEのようには)気にしちゃいない。だから僕も、他の子のことなんてまるで気にかける必要がない。誰が髪を染めようが知ったこっちゃない。自分の「推し」さえ気にかけてればいい。そういう環境がAKBには出来上がっている。
さらに組閣のスピードを上げていったらどうなるか。これは「PRODUCE48」みたいになる。あの番組では、数週間に一度ユニットシャッフルが行われる。いくらそこで仲良くなったとしても、結局は個人戦だ。個人でどう戦うかが問われる。
あの番組は、58人くらいに絞られた段階がいちばん面白かった(これからまた面白くなっていくのかも知れないけれど)。それ以上減ると、キャラクターが減って物語もパターン化していく。「個人戦」形式なら、僕もなんの曇りもなく「色んな子がいる方が面白い」と言い切ってしまうことができるんだ。
48はそういう方向に進んでいってもいいと思うし、いずれにせよそういう方向に進まざるを得ないとも思う。そう考えるならば、「箱推し」が壊滅していることは、AKBにとってメリットにさえなり得る。
いま再びAKBの時代が来ている…のかも知れない。