AKBの話をしよう アナクロニズム | 想像上のLand's berry

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言葉はデコヒーレンス(記事は公開後の一日程度 逐次改訂しますm(__)m)


「AKBの話をしよう アナクロニズム」

 髪色論争になると、よく見かけるのが「時代」という言葉。自分が「黒髪厨」であることはたしかだけれど、でも「時代」って話はじつはピンと来ない。

 ぼくがアイドルを(意識して)見始めたのは、1999年に栗林みえを見つけてからだ。1999年がどういう年だったかと言えば、オーディションに金髪で現れて視聴者の度肝を抜いた13歳…かの後藤真希が「モーニング娘。」に加入した年だ。

 「娘。」の歴代シングルを振り返ってみても、1stシングル(1997)のジャケ写からすでに中澤姉さんが髪を染めていることが分かる。つまるところ、ぼくがアイドルを見始めた時には、すでに髪を染めているアイドルなんて普通にいたわけだ。しかもアイドル界のど真ん中に。

 ところが、その後に出てきたAKBは「ガチ」だの「恋愛禁止」だの「序列」だの、70年代スポ根ドラマのような思いっきりアナクロ(時代錯誤)な観念を前面に押し出していた。それはダサかったけれど、力強かった。

 48で「時代」って話を持ち出されるとき、ぼくはいつもそのことを思う。「むしろアナクロで出てきたのがAKBだったんじゃないの?」「時代に逆行することで注目を浴びたのが48だったんじゃないの?」と。

 そうしたAKBもやがては放任主義へと変わっていく。かつてしーちゃん(大家志津香)に「その髪色、ちょっと明るすぎない?」と釘を刺していたプロデューサーも、いつしかコントロールを諦めた。人数が増えれば増えるほどコントロールは不可能になっていく。

 SKEは、そうしたAKBに対するカウンターとして出てきたわけだけれど、それもやがてはAKBと同じ道をたどることになる。それはどのグループもみんな「同じ」だ。 NMBもHKTもNGTも…そしておそらくSTUも…。

 長く続けていくとこうなるのは、ある意味では仕方ないことなのかもしれない。新入生/新社会人の気持ちを持ち続けることは出来ないように、長く続けている内にアイドルもまた「夢」から「職場」へと変わっていく。

 48はとくに、握手会などファンとの人間関係で成立している部分が大きいから、ある程度長く続けている子ほど稼ぐ傾向がある。となると、運営としても続けてもらうためにある程度のことは認めていかざるを得ない。ましてや「人権派」が48を叩こうと手ぐすねを引いている。

 かくして、持続可能な、居心地の良い「職場作り」が優先されるようになる。髪染めもOK、恋愛も不問、選挙は立候補で大丈夫…みんな自己責任で。現運営は「企業の論理」で動いている、今の状況はそういう風に理解すると分かりやすい。

 つまり、支配的な要素は「時代」よりもむしろ、グループそれ自体の「世俗化」にある。以前は、ただ面白いことができればそれでよかったかも知れない。でも今はそうじゃない。続けていかなきゃならない。スタッフを食わせていかなきゃならない。

 それは理解は出来る…が、別に面白いとは思わないな。