AKBの話をしよう(PRODUCE48その1) | 想像上のLand's berry

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言葉はデコヒーレンス(記事は公開後の一日程度 逐次改訂しますm(__)m)


AKBの話をしよう(PRODUCE48その1)

 韓国のオーディション番組に48メンバーが参加したコラボ企画「PRODUCE48」が面白い。

 候補生たちが繰り広げる汗と努力と涙のドラマ…は、世界中どこでも見られるものだけれど…それ以上に面白く刺激的なのは、両国の文化の違いが如実に現れるところ。

 単純化して言えばK-POPの(ガールズグループの)特徴は、足を強調した衣装と振り付け、キレがありながらも一糸乱れぬダンス…ということに僕の中ではなっている。知らんけど(←)

 これが重要なのは、ある時期において、AKBの仮想敵は当時売り出し中だったKARAや少女時代などのK-POPだったからだ。統一感のあるK-POPに対して、AKBは個々人の「個性」(=多様性)を強く打ち出していった。極論を言えば、たとえフリは完璧には揃っていなくても、個々で何かしら光るものがあれば良い。

 それは、ある意味では理にかなっていた。K-POPの諸グループやハロプロに比べてさえあまりにも大所帯のAKB。全員のレベルを揃えることはそもそも難しい。そこでは勝負できない。それでも、いろんな子がいれば、見ている人は誰かひとりには引っかかる。「数」と「個性」への傾倒というのは必然でもあったし、理にもかなっていた。

 そうしたAKBをモデルにしつつ、また一面ではそこを仮想敵として作られた後発のグループの戦いは、その個々人の「個性」に対してどう挑むかという戦いでもあった。たとえばSKEは全員黒髪の体育会系、乃木坂はルックス重視、やや上層階級の上品さを意識していた。

 言い換えればそれらは、「個性」対「統一感」というAKB対K-POPの対立構図を(いくつかアレンジを加えた上で)秋元康自らの手によって取り込むことに他ならなかった。ダンスのフリを揃えるのが無理なら、一生懸命さとか、外見の点で「統一感」を演出する。それはまた、各グループのブランドイメージの確立にも役立った。

 最後に出てきた欅坂は、言ってみれば「個性」対「統一感」の究極系だった。なぜなら、初期欅坂においては、「個性」対「統一感」はグループそれ自体の構造に埋め込まれていたからだ。圧倒的な「個性」を持つセンター、「自由」を渇望する歌詞、それとは対照的にまるで軍隊のような「統一感」のある衣装。天才振付け師による振り付けが、それらの葛藤を芸術へと昇華させていた。

 時は移り変わり、今日では、AKBはなぜだかK-POPみたいな歌を歌い、反対にSKEは「個性」とか言い始めている。けれど、いずれにせよ、すべてはAKB対K-POPの対立構図から始まったんだ。

 そのAKBメンバーがK-POPの本場に殴り込みをかける…これが面白くないわけがない。

 長くなってきたな…

つづく