「選挙のシーズン」
今年もやってきました総選挙の季節。
1.
手始めにモバイル票を入れてたんですが…HKTモバイルでは昨年度の投票先も表示されるんですな↓

これを見て、「ああ、僕ってやっぱくま好きなんだなあ…」って。いや、くまにしか入れてないんで、端から分かってるっちゃ分かってるんですが。
なんだろうな…このブログを振り返ると、去年なんか文句ばっかり言ってたわけじゃないですか。ムチャクチャ言って、大騒ぎして、でも、こうしてちゃんとくまに入れている。頭では入れたと分かっていても、こうして「形」に残っていることで、「ちゃんと好きだったんだ…」と、あらためて確認できたというか。
それって、ぼくにとってはちょびっとばかり重要なことだったりします。
2.
さて…今年は「選抜!」を狙っているおくまさん。
投票日前日のshowroomもありましたし、今年はなんども言っているように意識改革の痕跡が見られます。だから取り立てて不満はないのですが…(いまのところ←)
やっぱり「選抜」を狙うとなると、「もう一押し!」が欲しいところ。ぶっちゃけ、今から開票日までにファンを増やすってのはちと難しい。だから、投票してくれる可能性がある人に対してどれだけアピールできるかが重要だと思うんです。
ぼくは、くまにいま必要なのは政治で言う「ドブ板選挙」…つまり一見一軒の家を訪ねて投票をお願いする(田中角栄いわく「歩いた家の数しか票は出ない。手を握った数しか票は出ない」)…って、もちろん実際にはそんなこと出来んわけですけど。意識の上では出来る話で、それは言葉のチョイスにも現れてくると思うんです。
田中角栄は「手を握った数しか票は出ない」と言ったわけですが、SNS時代では、手の届く長さより遥か広く遠くにまで言葉を届けることが出来ます。選抜常連の須田ちゃんとかちゅりのブログを読んで思ったのは、見ている範囲が広いということと、そのなかのひとりひとりに突き刺さる言葉を選んでいるということ。たとえば握手会の日のブログ↓
会えた方も会えなかった方も日々私のこと考えてくれてありがとう。想ってくれてることちゃんと伝わってます。
もちろんなかなか足を運べない方もいると思うけど会いに来れない方もきっと沢山沢山私のこと応援してくれてる人がたくさんいてくれてることもちゃんとわかってるよ😊。
単に「みんな」という言葉でファンを一括りにするのではなく、握手に来れないようなファンも含めて世界の隅々まで見渡した上で、「ちゃんとあなたのことも見てますよ」と語りかけている感じ。「全世界のみなさん」と呼びかけられるより、こういう風に「そこのあなた!」と呼びかけられる方が言葉は突き刺さります。
たとえば僕だったら、「みなさんの力が必要なんです」と言われても、そこまでダイレクトには響かない。でも、「モニターの前にいるあなた、いつもは握手会とかにはこれないかも知れないけれど、でもいつも応援してくれている、そんなあなたの力が必要なんです!」と言われたら「オレのことかー!」と、めっちゃテンション上がります←単純
なんかそういう風に、ひとりひとりに突き刺さっていく言葉ってのがたぶんあって。「みんな」で一括りにするんじゃなくて(そういうのが必要な場合もあるけれど)、みんなの中のひとりひとりを突き刺していく…もちろん全員を名指すことは不可能だとしても、そういう意識って大事じゃないかなって。
(追記:「みんな」じゃなくて、まさに「自分」が必要とされている…って、その感覚をいかに「みんな」に与えるかが重要だと思うんですな…名付けて「君の名は希望」理論←)
(追記2:たとえば昨日[5/29]のSRはとても良かったとぼくは思うけれど…「エア肩叩き」とかね。ただ、「いま投票してくださっている方も多いと思います」と言ったあとに、そこで限定するんじゃなくて、より広く視野を持って「いや、まだだよって方もいらっしゃるかも知れない。そういう方もこの機会によかったら…」って、そういう人にも語りかけるような持っていき方があればベストだったかなと)
まあ、去年も似たようなこと言ってたわけですけど。全体を見渡すだけじゃなくて、ひとりひとりと目を合わすような意識って、たぶんくまもライブなんかではやっているんですよね。それを言葉に置き換えて考えてみればいいわけですよ。
須田ちゃんなんかはそういうの本当によく分かっていて。だからいつも欠かさずブログにああいうこと書くわけですし。おぎゆかもそういうの上手いんですよね。あの子は具体的なことを言わなくてもこっちを突き刺すことが出来るんです。窓の外を見て「同じ月」の話をしていたときのあの「繋がってる感」はヤバかったですもの。
いずれにせよ、もう選挙は始まってます。ほら…モニターの前のそこのあなた。くまちゃんはあなたを必要としていますよ←下手