映画ドラえもん のび太の宝島
監督:今井一暁
概要
テレビアニメ「ドラえもん」の演出を多数担当した今井一暁が、映画版初監督を務めた劇場版『ドラえもん』シリーズ第38作。宝島を舞台に、ドラえもんとのび太たちが冒険を繰り広げる様子が描かれる。テレビドラマ「コウノドリ」シリーズなどで俳優としても活躍しているシンガー・ソングライターの星野源が主題歌を担当。ボイスキャストには水田わさび、大原めぐみ、かかずゆみらおなじみの面々のほか、『探偵はBARにいる』シリーズなどの大泉洋が参加している。(シネマトゥデイ)
感想(完全にネタバレします)
思えば、『南海大冒険』はひどい作品だった…。原作がはじめて「藤子・F・不二雄」から、「藤子・F・不二雄プロ」に変わった作品。大長編を欠かさず読んでいたぼくは、あの時「ああ…本当に亡くなったのだな…」と、実感した。
大長編はいつもワクワクした。銀河鉄道に乗り、雲の上に王国を作り、海中でキャンプをし、プラモで宇宙戦争をし、世界を魔法に変えた。今度はどんな旅を見せてくれるんだろう…。あの頃は…のび太の服がいつもと違うってだけで、夏休みの空気を感じて、胸が高鳴った。
結局薬局、毎度毎度かつての話から始めざるを得ない。ぼくにとってのドラえもんは…
「おまえは誰だ…!」と、始まってすぐに思う。声優が代わりキャラデザが変わり、もう何年が経つ…いい加減慣れろよって話なのだけれど、それ以前に精神のところで別人のような気がする。
ワクワク感を演出しようとしているのは分かる…でもさ、帆船でカリブ海クルーズなんて発想はむしろスネ夫っぽいよね。セレブっぽいというか。のび太はむしろそれを虚しく見送る側で…そして、ドラえもんが少し不思議なことを見せてくれるんだ。そこがイマジネーションの働きどころで…それこそがきっと、藤子Fさんの真髄だった。
この映画はさ…そのイマジネーションの部分でジブリに頼っているんだよね。『ラピュタ』を思わせるような世界観が入り込んでいる…『ブレンパワード』も入ってるかな…。そのせいかどうか…この世界はドラえもん世界になりきれていない。たとえば「ここ絶対タイムパトロールだろう」って場面でタイムパトロールが登場しない。作画的には面白いところもあったけれど、敵方のキャラデザなんかもいまいち「ドラえもん」っぽくない。なにより制作者が「ドラえもん」という世界を信じていないんだ。
この映画はルールも曖昧だ。あの帆船はいったいどういうものなの? 帆で風を受けて走っているし、嵐で壊れるから普通の木造帆船かと思いきや、内部を開けたらなんかメカっぽいし…。しかもコンピュータでピコピコやったら治るって…え? じゃあ自動修復機構みたいなものが付いてたってこと? だったらあんな嵐で壊れる? それともあのコンピュータにはなにか特別な機構が備わってたってこと?
しかも「地球の生体エネルギー」ってなに? それはいったいどういうものなのよ。それが取られたら地球はどうなるの? …ってか、そのエネルギーって、仮に取り出せたとして、どうやって使うものなの? そこに入っても生きていられるものなの? のび太は身体突っ込んだけど、あれ大丈夫なの? そういうところが全然説明不足なんだ。
「ドラえもん」は…そういうところはハッキリしていた。「いくら見かけはこうでも、実際は○○で動いている」とか…(宇宙小戦争、銀河鉄道)、「この星は貴重な鉱石で出来ているから、内核に〇〇を撃ち込んで鉱石だけ取るんだ」とか…(宇宙開拓史)。たしかにさ…あの道具使えば良いんじゃない? みたいなツッコミどころはあったよ。でもね…そこはやっぱり、藤子FさんはSFの人だから…SFマインドが欠けていたら、「ドラえもん」世界にはならないんだ。
川村元気の脚本も穴だらけ。物語に必然性が感じられない。なんでスネ夫とジャイアンはただの新島に行こうと思ったの? しかもあんな筏で。「宝島」だって情報はのび太しか知らなかったのに。そんなのスネ夫とジャイアンらしくない(たとえば「海底鬼岩城」であの二人がバミューダに行こうとしたのは、黄金を満載した沈没船が発見されたというニュースが流れたから)
なんでしずちゃんはさらわれたの? 似てるから…って、その理由は強引すぎる。ましてアニメだよ? 髪型と髪色が違ったらもう別人だ。絵的に説得力がない。おまけに敵の登場の仕方も唐突すぎてドキドキ感がなかったな…。
それに、船長はなんで宝を集めてたの? 結局、たいした理由なかったことない? 宇宙に行ったら宝とかあまり関係なくない? 船員も「本物の海賊を見せてやる」って…え? あんたたち五年前まで研究所員だったんだよね? なんで生まれながらの海賊っぽい雰囲気になってるの? …と言うか、そんな急激に方針転換したのに、疑問に思わんの? あの人たちは結局、なにをしたかったの? そもそもこの物語、最終的に(親子の問題以外)なにも解決してなくない?
いくつもいくつも疑問が湧き出てきて、でもそれらを探ってもきっと意味がない。その奥にはなにもない。ただ「感動」のためだけに紡がれるストーリー…あの嵐なんてさ…ただ「友情!努力!勇気!」みたいなものを描きたいがために出てくるだけよね。だから帆船の設定も曖昧になるわけで…。
人は結局さ…魂の入ったロボットみたいなもんだから…どこぞに付いている感動ボタンを「ピッ」と押してやれば、そりゃあ涙を流すのよ。でもぼくは…こういうものに心を譲り渡したくはない。
ぼくの愛したドラえもんはもういない…。
☆☆☆(3.0)