GODZILLA 怪獣惑星(3.0) | 想像上のLand's berry

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言葉はデコヒーレンス(記事は公開後の一日程度 逐次改訂しますm(__)m)

 
​『GODZILLA 怪獣惑星』
 
監督:静野孔文/瀬下寛之
 
概要
 日本映画界が世界に誇るゴジラを劇場長編アニメ化。これまでのシリーズにはなかった世界観やビジュアルで、ゴジラをめぐるドラマが繰り広げられる。監督には『名探偵コナン』シリーズなどの静野孔文、『亜人』シリーズなどの瀬下寛之、ストーリー原案と脚本には『魔法少女まどか☆マギカ』シリーズなどの虚淵玄と、日本アニメ界をけん引する実力派がスタッフとして名を連ねている。彼らが生み出す、新しいゴジラ像に目を奪われる。(シネマトゥデイより)
 
感想
 ゴジラ好きならば、誰もが心のどこかで思っていることがある。それは、ゴジラが人類に勝って終わるところが見てみたい…ということ。
 
 このアニメ版「ゴジラ」の冒頭は、その夢を叶えてくれる。絶望的な闘い、ところどころに散りばめられる「アンギラス」などのゴジラワールド・ワード。正直、めちゃくちゃテンションが上がる。心が震える。3DCGキャラクターの髪には違和感があるけれど、ここまでの段階では評価5だった。
 
 そのあとは…どうでも良いや。
 
 なんだろうな…ゴジラってより『スターシップ・トゥルーパーズ』とか『猿の惑星』って感じ。こういう話、よくあるよねって。ゴジラであることの必然性がないというか…単にそれらの世界にゴジラという存在を移植しただけのような。虚淵さん、こういう手法をよく用いるけれど、正直もう食傷気味。
 
 そして相も変わらず主人公がギャアギャアとがなり立てるうるさいドラマ。「シンゴシ」があれだけドライな物語を作って新しい可能性を見せてくれたのに、「またそれやるの?」って。「よりにもよってゴジラで?」って。それ、もうお腹いっぱいだから。
 
 英雄的な主人公の独善で進んでいくストーリー。人物の掘り下げも足りないから、(その方向性を放棄して)組織論で展開した「シンゴジ」と比較して、ひどく幼稚に見えてしまう。ゴジラという造形が(もちろん違いはあるにせよ)思いっきり「シンゴジ」を彷彿とさせるから、その対比はより際立つ。
 
 もちろん、幼稚であること=悪じゃない。意図された幼稚性…たとえば『ポニョ』のような…ならば、ぼくは大歓迎だ。でもこれは違う。かっこつけたセリフ、独善的な態度…それらをヨシとする制作者の姿勢こそが幼稚なんだ。制作者の幼稚性はあっても良いけれど、それは本来、ゴジラ作りへと向かうべきもの。ここではそれが、「ゴジラに立ち向かう俺かっこいい」になってしまっている。そういうのは、もう本当に要らない。ゲ◯吐きそう。
 
 いつぞや、「シンゴジ」をお米に喩えて(おいしいけど普段みんな粟か稗しか食ってないのかよっていう)炎上した漫画家がいたけれど、たとえるなら、これはもうお腹いっぱいだってんのにまだ食えって言ってくるあんまんみたいなもん(あんまんdisではありません<(__)>)。
 
 ポリゴン・ピクチュアズ。『BLAME!』はなかなか良かったのにな…。これ、続編なんてどうでも良いから、むしろあの「人類は滅びました」って前日譚のところで一本作ってくんないかな…別の脚本家で。
 
☆☆☆(3.0)