打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか? (2017)
監督:武内宣之
概要
『リップヴァンウィンクルの花嫁』などの岩井俊二によるドラマを基にした、『物語』シリーズなどの新房昭之が総監督を務めたアニメ。現代の要素を入れながら長編として再構築し、夏休みを過ごす中学生の男女を主人公に、何度も繰り返されるある1日を描く。脚本を、『モテキ』シリーズや『バクマン。』などの大根仁が担当。『ちはやふる』シリーズなどの広瀬すず、『共喰い』などの菅田将暉、人気声優の宮野真守らがボイスキャストとして出演する。(シネマトゥデイより)
感想
なんだこれは…
はっきり言って、大豊作だった2016年の貯金を、『メアリ』とこれでほとんど使い尽くしたと思う。湯浅監督の素晴らしい2作品もあったけれど、今年一年のアニメ映画の印象はこれで「不作」に決まってしまった。それだけ期待もされていた作品。
1.(注:「原作」のネタバレあり)
今を去ること20数年前、「if」というテレビシリーズがあった。あの時こうしていたら/いなかったらどうなったかを映像化するこの「if」、ぼくは毎週のように見ていた。なかでも印象深かったのが、この「打ち上げ花火~」。岩井俊二がまだ「岩井俊二」になる前の作品。
いま見返すと、色味を調整するなど画作りの意図は感じられるものの、いまだ映像に硬さがある。撮影監督に篠田さんを迎えてからの、あの柔らかい映像とは隔たりがある。それでも、心に残る景色があった。あの夏の匂い…。少年の日の夏が、そこにはあった。奥菜恵の、あの時期の少女がもつ特有の美しさが、抒情性を加えていた。あの夜のプール…。
小学六年生のあの季節…世界はまだ不思議で充ちていて、花火がどう見えるかなんて取るに足らないような問題を追いかけたりする。ところが、子どもじみた男子を置き去りにするように、女子は一足先に大人への階段を昇り始めている。男子には分からないヒソヒソ話をはじめる。ミステリアスで、謎めいた存在になっていく。
「好き」という感情があっても、それを表に出すことは男子にはまだ恥ずかしくて。女子と仲良くすることもカッコ悪いことのように思えて。「あんなブスきらいだよ」とか心にもないことを言ったりする。だからこそ、祐介はなずなにあんな態度を取って見せる。一歩を踏み出す準備が、彼にはまだ出来ていない。
なずなが典道と手を取り合って去るのを見た時、かれは失恋(というにはあまりにも淡いものだけれど)を経験する。そうして、長い長い夜道を友達と歩きながら、好きな子の名前を叫ぶ。あの夏の日、かれはほんの少しだけ成長したんだ。
それは、きっと典道も同じで。「今度会えるの2学期だね」と言うなずなは、じつはすでに転校することが決まっている…。少年の日の夏の、まるで永遠のように思える特別な瞬間と、そうしてそれを失ったあとに気づくもの。かすかな胸の痛み。
だからこれは本来、恋愛もの/青春ものじゃ全然なくて、それよりもっと手前、いわば岩井版の『Stand By Me』(1986)…少年映画なんだ。
そこのところは、アニメ化しても絶対に外せない…筈だったのに、このアニメは年齢設定を変えてしまった。設定も中学生に変えられているし、キャラデザ的にはむしろ高校生くらいに見えてしまう。岩井版は、あの時期の少年少女だからこそ成立する表現になっている。そこを変えてしまったら、この作品がもともと持っている多くのものが意味を失う。
「花火を横から~」なんて会話は、小学生じゃないとリアリティがない。好きな子に誘われたのに逃げてしまうのも中学生だと説得力がない。もう女の子と付き合っていても別に不思議じゃない年齢。男女間の精神年齢もやや近くなるし、男子が女性のことを理解しはじめるから、なずなの、奥菜恵の持っていたあのミステリアスな感じも損なわれてしまう(なずな視点の話が入ったり、彼女の家庭環境が描かれることも、そのことに輪をかけている)
(*追記:新房さんは「彼女が神秘的に見えたり、可愛く見えたりしなければいけないなと思いました。ほとんどその一点に尽きるんじゃないかな」と言っているのに、なぜこういう風にしてしまったんだろう…)
年齢設定を上げ、恋愛要素をメインに持ってきたのは川村元気Pの意図だと思う(追記:年齢を上げたのは新房さんの意志らしい)けれど、要はそのことによって『Stand By Me』のような少年映画じゃなくて、ありきたりの「青春映画」になってしまっている。でもそれじゃあ、この作品やる意味なくない?
脚本も酷い。岩井版は寓話的ではあっても、(ifはともかく)なんとなく実際にありそうな話になっている。ところが、このアニメはもう完全に「作り話」。キャラクターの動機もなにも、なんかもうすべてが「作られたもの」のようにしか思えない。終盤の展開も、実写では描けないものを狙ったんだろうけれど、こういう話の場合、不思議なことなんて一個ありゃそれで充分じゃない? やり過ぎると、話全体が「嘘っぽく」なる。
(追記:夜のプールが海に変えられているのもなんだかな…。あれは夜のプールだから良いのに。学校のプールってのは、普段の日常のなかにあるもの。でも、夜のプールに忍び込むのは、少しの背徳感があって、それはちょっとした冒険なんだ。そのちょっとの冒険というのが、岩井版ではとても意味を持っているわけで)
時代設定もよくわからん。岩井版は、たとえば「ヴェルディ」とか「スラムダンク」とか「観月ありさ」と「セーラームーン」とか、その時代の固有名詞を意図的に出している。それはつまり、「あの夏」って一点を指し示す効果がある。他ではない、あの時代のあの季節、あの日、その一瞬が大事なんだということが、それによって示される。
翻って、このアニメ版。「スラムダンク」は「ワンピース」に変えられているのに、なぜか「観月ありさ」はそのまま。いったい、いつの時代なんだと。その上、なぜだか松田聖子の歌が出てくるし。世界全体が抽象化されていて、「あの夏」という一点を指し示すことが出来ていない。
ぼくは岩井版が好きだけれど、でもだからと言って「改変」するのがダメだとは言わない。たとえば、「時かけ」は大林監督の実写版も大好きだけれど、細田守監督のアニメ版もあれはあれで好きなんだ。その時代のリアリティを取り入れることで、ちゃんとその時代のものになっていたし、たしかにアニメでやる意味があった。この映画の改変は宣伝効果以外なにも得るものはないと思う。
2.
アニメとして見た時にも、ぼくは評価できない。
まず美術設定ね。クレジットを見る限り、これは監督がやっているのかな? 夏の日の感じがしないというのは、作画の問題でもあるけれど、背景の問題でもあると思う。たとえば、あのやたら並んでる風力発電。なんだか妙に涼しげ。爽やか~な感じがして、それが逆に「夏感」を削いでいる。
この映画は全体、夏の日の「あの感じ」がまるでない。まったく同じ体験はなくとも、まとわりつく汗のあの感じとか、うだるような陽射しのあの感じとか、陽炎の、入道雲のあの感じとか、祭りの屋台の、夜道に吹いてくる風のあの感じとか、花火の大気を震わすあの感じとか、夜のプールの照明に反射するあの感じとか、だれもが夏の日の「あの感じ」というのを持っている。岩井版はそこに突き刺さる。この映画は…匂いがしない。
それはアニメだから出来ない…というわけじゃない。たとえば、「あの花」にはその感覚は確かにあった。
それからもうひとつ。盛んに映されるナズナ(ぺんぺん草)。もちろん、ヒロインの名前にちなんでいるんだろうけれど、あのね…。ナズナって、花期は2 - 6月なのよ…。それは見ている方にも(無意識でも)伝わるでしょ。セミは鳴いてても「夏じゃねえなこれ」って。「記号的」に作り過ぎていて、それが結局、「あの感じ」を損なわせている。
あとはキャラデザね。渡辺さん、物語シリーズでは素晴らしい仕事をしていた。この映画の仕事も、どこか物語シリーズを彷彿とさせる。でもね、2D感を前面に出し、止め絵が多く、スタイリッシュな絵作りをしていた物語シリーズとは違い、こっちはより現実的/実写的な絵作りと芝居をしているから、このキャラデザが浮いてしまう。(なずなはともかく)典道なんかとくに「なんでこんな目が大きいの?」って。作品の方向性と合っていない。
声優さんもそう。広瀬さんはまあまあ…菅田くんはちょいヘタかな…って感じだけれど、それより気になったのは、むしろクラスメイトを演じたプロの声優さんたち。もちろん、上手いんだよ。でもね、なんだか上手すぎるというか…妙にアニメアニメした印象で、一瞬、「おそ松さん」辺りを見ているような気分になった。現実の少年の声ってもっとトゲトゲしていて不細工なのに、彼らの声は洗練され過ぎているから…普通のアニメキャラクターのように見えてしまう。
そのことも成長途上の少年の身体の感覚を失わせていて、だから『Stand By Me』の…岩井版の持つ少年の日の夏の「あの感じ」がそこでも失われていた。岩井版はみんなめっちゃ下手なんだけれど、でもだからこそ、その未熟さが、少年特有の硬さが作品テーマに合っていた。
他になんかあったっけ…そうそう、評判の悪いカメラ・アングルね。岩井版にもフェティッシュな視線はあったけれど、でもギリギリ抑制が効いていた。その微妙な線が大事なんだ。それも男子小学生の、女の子にちょっと興味あるんだけれど、でもどこか気恥ずかしい、そんな心理を反映している。このアニメ版の目線はもう…「モロ」だもの。これもやっぱり(年齢的な意味での)季節感を損ねている。
3DCGの違和感も酷い。もちろん、シャフト作品では、3DCGや写真画像を意図的に違和感をのこす形で合成することがある。それが一種のあじわいにもなっている。ただ、このアニメは現実よりの絵作りをしているから、その違和感がただの違和感にしかならない。キャラデザも声優もそうだけれど、アニメアニメしている部分がことごとく外しているんだ。全体の方向性にあってない。
あとは…まあいいか。メリハリも効いてなくて、基本、陰気臭い話が続くから、退屈だよね。別に退屈な映画があっても良いけれど、演出が間延びしているし、夏の暑さとあのキラキラと…そういうものが全然ないのが致命的。雰囲気もなく退屈な映画なら、そんなの誰が見たいと思えるだろう。
☆☆(2.0)