「のだめと天才ファミリー」
二ノ宮知子さんの『天才ファミリーカンパニー』(1994-2001)を読みました。やっぱりこの方の作品は面白いっすね(『87CLOCKERS』も『七つ屋 志のぶの宝石匣』も面白かったですし)
ただ、後半、物語がゴチャゴチャし始めるに連れ、それをゴリゴリと解決していく夏木くんのスーパーマンぶりが強調される一方で、春ちゃんがフェイドアウトしていってしまう…その辺がいまいち上手くいってないなと。
『のだめカンタービレ』(2001-2010)はたぶん、その反省をもとに作られていて。『天才~』と多くの共通点を持っている『のだめ』ですが、とくに共通していると感じるのは、まさに「天才」のタイプ。勉強もできる知性タイプ(夏木くん/千秋先輩)と、直感で行動する感性タイプ(春ちゃん/のだめ)がいるんですよね。
ただ、『天才~』の夏木くんと春ちゃんが義兄弟の関係になっているのに対して、『のだめ』では千秋先輩とのだめが(のちに)恋人関係になっています。これ、なにが上手いかって、恋愛関係に変えたことによって、『天才~』で露呈した問題それ自体をテーマに取り込む形になってるんです。
『のだめ』序盤から中盤にかけて、千秋先輩が着々と成功への階段を駆け上っていくのに対して、ヒロインである筈ののだめのポジションは、不思議とふわふわしています。感性型の天才は基本自由人なので、知性型の天才みたいに「目標に向かって一直線」という形にならないんですよね。
このままいったら、春ちゃんのように、のだめもまた物語からフェイドアウトしていったことでしょう(『天才~』も『のだめ』も基本はサクセスストーリーなので、自由人は物語の形式に乗りにくい)。しかしながら、もちろんそうはならないわけです。
それは第一にのだめが主人公だからですが…それと同時に、やっぱりこれが恋愛だからですよ。のだめが愛する千秋先輩と一緒にいるためには、同じ(ような)目標を目指す必要があるわけです。その決意をするところが、『のだめ』第一部のクライマックスになっていますよね。
つまり、いかにしてのだめが愛する千秋先輩と同じ道を歩いていけるかという問題は、単に恋愛の問題のみならず、知性タイプと感性タイプがいかにして共に道を歩むかという、二ノ宮マンガの抱えていた問題(夢を目指す知性タイプが物語を駆動して、自由な感性タイプがフェイドアウトしちゃう)と重なっているということです。
その二人が恋愛関係であることによって、どうすれば二人が同じ道を歩けるんだろうということが、この作品が取り組むべきテーマとして、自然に取り込まれています。言い換えれば、自由人である春ちゃん=のだめをいかにして「サクセスストーリー」の構造に乗せるかが『のだめ』のテーマだったわけですな。
この結果として、『のだめ』を貫く…才能あるものは努力すべきであるというあの天才論*が生まれたわけでしょう。それはまた、物語形式(サクセスストーリー)とキャラクター造形(自由人)のギャップを埋め合わせる要請から生まれたものでもあったということですな。
(*ぼくが『のだめ』を良いと思うのは、一見、落ちこぼれ集団が成りあがっていく物語であるように見せておいて、残酷な現実を突きつけるところ。アットホームなSオケを後ろに置いて、千秋先輩は成り上がっていく。とくに僕が好きなのはあの双子姉妹のくだりで。「R☆Sオケのメンバーに選んでくれなかった(T_T)」ってあれね。それでも、彼女たちなりの道で成功することで、あらためて選ばれることになる。残酷な現実を描いているからこそ、あのエピソードがより光っている)