少女マンガの実写化について4 | 想像上のLand's berry

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言葉はデコヒーレンス(記事は公開後の一日程度 逐次改訂しますm(__)m)

「少女マンガの実写化について4」


 少女マンガはなぜ実写化されるのか。前回は少女マンガの表現形式が、映像には翻訳困難なものから、映像にも翻訳できるようなものへと変わってきたという話。

1.「キュンキュン」
 今回は、「じゃあなんで(アニメじゃなく)実写なんだ」って話。これも「恋愛」というテーマと結び付くんだけれど、少女マンガ、あるいは少女マンガ原作の実写化作品でよく聞く感想は、とにかく「キュンキュンした」ってこと。

 この「キュンキュン」って言葉がわりと鍵を握っているのじゃないかと。つまり、「キュンキュンする」って、こっち側(受け手)の反応なわけで。たとえば、シチュエーションだったり、セリフだったりに「キュンキュン」するわけでしょ? それって、マンガ特有の…たとえば「この線のここがどうとか」って見方とは違うわけで、実写映像でも再現可能なんだよね。

 それにもうひとつ、「萌え」と「キュン」は違うんだ。「萌え」って、こちら側の受け取り方もあるけれど、そのキャラクターに付属しているものでもあって。たとえば「萌えキャラ」って言葉がある。でも、「キュンキュンキャラ」って言葉はないんだよね。「キュンキュン」するのは、やっぱりシチュエーションやセリフ、あるいは仕草に対してなんだ。

 こうしたもの…シチュエーションやセリフ、仕草なんかは映像にしても再現がしやすい。アニメであれ実写であれね。3次元=実在の女優で「萌えキャラ」を再現するのが困難であるのに対して、「キュンキュン」は3次元=実写でも再現できちゃう。これはきっと大きくて。読者の多くが少女マンガに求めているものは、実写化しても損なわれないってことになる。

 で、その点だけで言ったらアニメでも実写でも同じな筈。でも、実写にすると若手人気キャストを使えるから、キャストの名前でお客さんを呼べる。製作サイドからすると計算ができるってこと。ただ、「なぜ実写じゃなきゃいけないんだ」ってのは、もう少し別の理由もあると僕は思っている。

 (追記:「萌えキュン」って厄介な言葉があることにいま気付いた(^_^;))

2.「ズレ」
 それは、少女マンガを読む層とアニメを見る層のズレって話。かつてマンガは1950〜60年代の貸本漫画→劇画という流れを経て、青年も読むものへと変化した。いつしか、電車でマンガを読むサラリーマンの姿も見かけるようになった。それはアニメにおいても同じで。70年代の『ヤマト』を経て、アニメは青年も見るものへと変わっていった。いまの深夜アニメの視聴者層なんかはむしろ成年がメインになっている。

 で、女性の場合はどうなのか。少女、ヤング、レディース等といった分類はあって、それぞれの年齢層に向けた作品が作られている。また、成人男性が少年マンガを読むように、成人女性が少女マンガを読むってことも、もちろんあるだろう。

 問題はアニメなんだよね。たしかに少女マンガ原作のアニメはあるし、いわゆる女児向けアニメというのもある。ただ、ある一定以上の年齢の女性が見られるアニメって、ジブリやノイタミナ枠などを除けば少ない…いや少なかったように思う(後述)。実際、少女マンガであっても、ハイティーン向け作品は実写になる傾向がある。

 鶏が先か、卵が先かはさておき、それってつまり、女の子はいつしかアニメから卒業しちゃうってことじゃなかろうか(もちろん例外はあるって話は後で)。それまで少女マンガを読んでいた子が、中学生になりファッション誌などを読み始める(と、さっき後輩に教わった←)一方で、たとえ少女マンガは読み続けるとしても、アニメからは卒業していく子がいる。少女マンガは大好きで読むけれど、アニメは見ないという層がある程度いる。

(追記:とくに「F1層」=20~34歳の女性は「アニメを見ない」と言われることがある)

 それは何だろうな、少女マンガって、そこはかとなく文学の香りがするんだよね。少女マンガの読者ってむしろ文学少女の亜種って感じがして、「アニメ見てます」ってのと、ちと印象が違う。もちろん、アニヲタって人種は男女関わらず一定数いるわけだけれど、色んな理由によって、女の子の方がアニヲタであること…あるいはヲタではないにせよアニメを見続けることのハードルがやや高いんじゃないかな…。

 そんなこんなで、結局、少女マンガはアニメにならずにむしろ実写化されていくことになる。ある年齢層以上の女子/女性において訴求力のある形式が実写>アニメであり、かつまた少女マンガのメインテーマである「恋愛」が女の子なら誰でも(ではないとしても)共感できるものであるのに対して、アニメという形式はより人を選ぶからだ。

 それに加えて、おそらく…(非アニヲタでかつ)少女マンガ読者の方が、アニヲタよりも現実にコミットしやすいように思う。それも「キュンキュン」のなせるわざで。「キュンキュン」はシチュエーションの問題だから、現実にも転化できる。少女はやがて、自らが物語の主人公になることを…現実の世界で「キュンキュン」することを…欲するようになる。つまり、少女マンガの読者は、むしろ「リア充」を志向する(可能性がある)ということ。

 そこへいくと「萌え」って、不毛なんだよね(^_^;)

 「萌えキャラ」は現実世界のどこにも見出せないわけで、それを追い求めることはすなわち、より一層と二次元世界へとのめり込むことを意味している。女の子において、これと類比的なのはBLで。ああいう世界って、現実世界のどこにもないわけだし、よしんばあったとしても、そこに彼女たちが入り込む隙間はない。一方的に眺めて空想して楽しむのがBLで、それが満たされるのはむしろ二次元の世界なんだよね。

 近年アニメ界に起こっていることは、かつて、ひっそりと(公然と)楽しまれていたBLが、メインストリームに躍り出てきたということ。『キンプリ』にしろ、『ユーリ』にしろ、『同級生』にしろ、そうした欲望に支えられて制作されたことを隠そうとはしない。アニメを卒業しなかった女の子の多くが、『黒子のバスケ』や『弱虫ペダル』や『進撃の巨人』を経て、これらへ流れていったんじゃなかろうか。もちろん、女の子のアニヲタがみんな腐女子であるわけではないのは当然のこととしてね(男ヲタがみんな萌えキャラ好きであるわけではないのと同じ)。

 かくて、現代における女性向け映像作品は二極化することになる。一方ではアニメを卒業していった人たち(…でも少女マンガ的な「キュンキュン」は求める人たち)に向けた実写作品があって、もう一方ではBLを中心としたアニヲタ向けの作品がある。こうした図式の中で、少女マンガは、むしろ実写化されていく。

3.まとめ(追記)
 というわけで、まとめ。少女マンガが実写化される理由として、このシリーズでは、以下のものを挙げた。

①現代の少女マンガの多くが現実現代の日本を舞台にしたものが多く、実写化しやすいということ。
②〃の表現形式が、かつての複雑な少女マンガよりも映像に翻訳しやすいものへと変わっていること。
③〃の読者が求める「キュンキュン」は、シチュエーションやセリフなどの問題であり、実写化しても損なわれないこと。
④実写化すれば若手人気キャストを使えるから、ある程度お客さんを呼ぶ「計算」が出来るということ。
⑤女の子はアニメを卒業してしまう=少女マンガは読むけれど、あるいは少女マンガ的な「キュンキュン」は求めるけれど、アニメは見ないという女の子が一定数いるということ。

 今期で言えば、『覆面系ノイズ』がそうであるように、アニメ化される少女マンガがないわけではもちろんない。単純化した図式では語れないものがあるのは確かだろう。

 ただ、その一方で、アニメ化を経ずして実写化される少女マンガが一定数あるのも事実で、それがなぜだろうか…と探っていったときに、ぼくが思い浮かんだものは上記のものだった。

 まあ正直、まだ見られていない作品も山とあって。これからまた考えが変わっていくことがあるかもないかも( ..)φ