…を手に入れた。
のっけから『推しが武道館いってくれたら死ぬ』が紹介されていたり、香月孝史さんの議論を引いてくる辺りは良い感じだったのだけれど、段々と雲行きが…
致命的に思えるのは、以下の記述。第一章の執筆者は吉澤夏子さんの議論を引きながら次のように述べる。
これまで、女性アイドルの男性ファンを中心にして、そのファン・コミュニケーションを論じる際には、やはり「所有」への欲望、主体(男性ファン)と客体(女性アイドル)の1対1の関係性への志向――例えば疑似恋愛という言葉で表現される――が前提になっていた。(中略)ももいろクローバーZや、私立恵比寿中学の女性ファンを観察していると、それとは別の性質のコミュニケーションが見いだせる。それは、分裂や亀裂をはらまない「安全なファン同士」でメンバー間の"関係性"――メンバー同士のたわいない「絡み」や「わちゃわちゃ」といった――に志向するコミュニケーションである。(中略)ここで注意しておきたいのは、彼女たち女性ファンが志向するメンバー間の"関係性"とは、モー娘。やAKB48グループの男性ファンが志向してきたような、メンバー同士の熾烈な競争関係ではないし、スキャンダルをも含んだメンバーの情報を欲望するわけでもない、ということである。その意味でも、このファン・コミュニケーションは新しく、また男性ファンの分析だけからは取り出せなかったものである。『アイドル論の教科書』(2016)p.27
つまり、メンバー同士の関係性に萌えるような志向は、ももクロやエビ中の女性ファンが新しく始めたことで、それ以前には存在していなかったと述べているのだ。
…この執筆者、「2009年ごろからAKB48の握手会に足繁く通い」(p.167)なんて言っているのに、な〜んで、こんな嘘を書くかな…。嘘じゃなければ無知過ぎるし、それはそれでどうなの。
メンバー同士の関係性に萌えるなんて、これまでもいくらでも語られてきた。たとえばももクロがデビューする以前の2007年に出版された『48現象』では、次のようなブログ記事が紹介されている。
秋元が小野や河西を割れ物の様に「そぉーっと」扱っているのが微笑ましい。その分、小林相手だと容赦が無いが、これはこれで微笑ましい。
『48現象』(2007)p.39
さらに、このブログ記事を閲覧すると、同記事には「秋元がえれぴょんと話してるときは大島がすぐ後ろからフォローするんだよな(笑)。肩抱いて。」というツッコミ(コメント)が入っていることも分かる。
(補足…するまでもないと思うけれど、「秋元」は才加のことね)
…と言うか、いちいちこんな例を引くまでもなくて。メンバー同士のたわいない「絡み」や「わちゃわちゃ」といった関係性に萌えるなんて、むしろ48において主流な語り口。たとえば「こじゆう」だとか「のんめい」だとか、「きゅうり会」だとか…いくらでもある。
48に限らず、ハロプロだって、誰と誰の関係性に萌えるみたいなのはあって、たとえばぼくは、タンポポ紺野柴田ペアのまったりとした空気感が好きだった。大人数グループである限り、そうした見方は自然と出てくるものでしょう?
「女性ファンは男性ファンよりもそういう要素に萌える傾向がある」と言うのならまだしも、「これまでそういうのがなかった」なんて言ったら、そりゃあ完全に間違っている。
実際、この執筆者は学生に指摘されて、最後に言い訳みたいに次のように書いている。
学生のレポートで教えられたのだが、AKB48グループについても、例えば、NMB48の山本彩と渡辺美優紀の「さやみる」のように、メンバー同士の"関係性"に志向したファン・コミュニケーションがおこなわれている
『アイドル論の教科書』p.28
…いやいや、学生の指摘で、もうすでに議論が崩壊してまってるやん。
論文執筆のノウハウとして、「この点に着目すると、今まで言われてこなかったこういう新しいものが見えてくる」というのがある。けれど、こういう風に自分の言いたいことを言うがために時空を捻じ曲げてしまっちゃ本末転倒なんで。
これで「教科書」とか、マジで勘弁してよ。