ぼくは、ずっと月を眺めていた。それはとても近くて、そしてとっても遠かった。遠くに遠くにあるから、どれだけ歩いても一歩も近づけやしない。ぼくの歩くこの道は、いったいどこへと続いているのだろう。
「は・じ・め・ての公演」
(SKE48劇場観戦記)
1.
2016年10月22日、午前6時14分、茅ヶ崎駅。沼津行き、短い10両編成の車両は、土曜の早朝にも関わらず、それなりに混雑している。まだ実感がわかない。ぼくがドルヲタになって17年。はじめての劇場公演。きっとこんな感じかな…あんな感じかな。ずっと空想のなかにあった世界。
まだ世界が911も311も知らなかったころ、はじめて好きになったアイドルが参加した渋谷のオリコン・イベント。「好きだから見に行く」…とてもシンプルだった。そこで目にしたものは、小さな小さなアイドルと、圧倒的多数の無関心な観衆、そしてわずか数人で狂乱のごときヲタ芸を披露する親衛隊。すごいカッコ良かった…けれど、とてもああはなれない。
それから、数多のアイドルがぼくの目の前…のモニターを通過していった。そしていつしか、ぼくはAKBヲタになっていた。あれから10年、SKE専ヲタになって3年半。
去年はじめて、17年前のオリコン・イベント以来の「現場」に参加した。そこで目にしたものは、大気を揺るがすような「オーキードーキ!」の大声援。アイドルを取り巻く文化は、冬の時代を生き抜いて、こんなにも力強く咲いている。そんな印象を受けた。
その日、僕が人生ではじめて握手をしたアイドルは…くまちゃんこと熊崎晴香。これまで、数多のアイドルを見て、応援してきて、でもすべての現場をスルーしてきた。なんでくまだったのか。タイミングとかきっと色んな理由はある。ただ、ぼくにとって、くまってちょっと特別な存在なんだろうなとは思う。
4番ちゃんのSR(SHOWROOM)を見て「ちょー可愛い!」って思ったり、荒井ちゃんのSRを見て癒されたり、りょうはのSRを見て「やっぱり美人だわ…」って圧倒されたり、ゆめちのSRを見て「めちこガンバレー」とか思ったりするけれど、くまのSRを見ている時の感情は…なんだかちょっと別なんだ。
今回、ぼくがはじめて劇場公演に応募したのも、やっぱり「そこにくまがいるから」って、それ以上の理由は考えられなくて。なんとなく応募する気になって。当然のごとく当選して。そうしてぼくはこうして列車に揺られている。
2.
鈍行列車はガタンゴトンと故郷静岡を通過して、愛知へと入る。道中、グランパ・ユニを着たサポーターを見かける。「あ…そうだ。今日、試合だ…」。しかも、わがグランパは(誰のせいだか) 残留争い真っ最中。名古屋に住んでいたら、昼間にグランパの試合を見て、夜にはSKE劇場、みたいな夢のコースもあり得るのかな…うらやましいな。
金山で地下鉄に乗り換え。憧れの名古屋。なんとなくだけれど、名古屋の人は服装からなにからカチャカチャしたイメージがある。これだけ憧れているのに、これだけグランパスとかSKEとか見てきているのに、いまだ名古屋の「空気」に馴染めていない自分を感じる。ぼくは、この景色のなかにちゃんと溶け込めているのかな…。
まもなく、栄に到着。歌詞でもおなじみの「8番出口」…ではなく、駅構内のコインロッカーを確認するために9番出口へと向かう。コインロッカーは劇場にもあるらしいけれど、なんだかすぐ満杯になりそうな予感がした。そういうところは用心深い。臆病もんなのだ。
9番出口から地上に上がると、なんかのフェスをしていて、これまたなんかのアイドル(たぶんOS☆U)がパフォーマンスをしている。「さすが名古屋…」なんだかよく分からんけれど、ぼくはそんなことを呟いた。
SKE劇場のある「サンシャインサカエ」は観覧車のあるビルだから簡単に見つかる…かと思いきや、この場所からは見えない。周りをウロウロして、ようやく見つける。あった。観覧車。電光掲示板には、「2F SKE48劇場」の文字。

3.
表にはそれらしき人たちが時間を潰している。そこを抜けてビルの二階へ上がると、なんだか濃ゆ~い感じの人々。全国握手会では割とオシャレ…というか気合いの入った服装の人も目に付いたけれど、ここはなんか…もう明らかに「SKEヲタ!」って感じの人が多い。「さすがSKEの本丸…」
なかでも、気合の入った須田ちゃん推しの衣装が目を引く。ヲタは推しに似るというけれど…本当にそうだ。くま推しは…どんな性格なんかしら…。みんな滑舌悪いのかしら。バスガスバクハツバスガスバクハツバスガスバクハツ! 文字だから早口言葉もへっちゃらなんである。バスガスバクハツバスガスガスガス、…ハーックショイ。
チケットカウンターで手続きをして、集合時間まで周囲をぶらぶら。マックの場所とか調べておけば良かったな…栄の地下街に舞い戻り…ピーンとくる。「あ、ここ。くまがVRで踊ってたところか…!」 思いっきり間違っているんである。名古屋トーシローなんである。名古屋藤四郎って書くと、名古屋山三郎みたいやな←誰も知らん
お腹は…少しだけ減っているけれど大丈夫。ただ、コインロッカー用の小銭がないから、なにか買って崩さなきゃ…というところで、電子マネーが使えるロッカーを発見。なんとSuicaが使用可能。こういうほんの少しのつながりが嬉しい。しかも200円。ラッキー。劇場前で目覚ましの「東海限定」缶コーヒーを飲んで、準備万端。
入場の手順は予習してある。親切なファンによるブログが参考になった。ありがとう、ファンの人。手荷物用のトレイを貰って、整理番号順に整列。ぼくの列は90番代。狭いロビーで整列して待機するのは、なんだか空挺部隊みたいな気分。ビンゴ抽選で入場順が決まる。できれば、やっぱり前の方で見たいな…。今まで来なかったくせに、こういう時には欲が出てくる。しょーもない。
次々と他の列が呼ばれていく…。「これひょっとして立ち見…」とか思っているうちに呼ばれる。そこそこの順番。金属探知機に引っかかると追い抜かされるらしいから、その対策で金属なしの服を着てきたし、ベルトなしでも大丈夫なズボンにしてきた。無事通過。ありがとう、ブログの人。ありがとう。
劇場への扉をくぐる。向かって左側を目指す。なんとなく、フェスティバル公演のくまはこっちに居た気がしていた。確保したのは前から三列目。近くにくまヲタさん発見。正解…かな?
4.
前の席には可愛らしい女の子が2人(別々)。良い席に座れたせいか、なんだかとても嬉しそう。微笑ましいな。なんとなくホッとする。女の子が近くにいると不思議と気分が落ち着く。ぼくはいったい、どこの国の人ですか? ニホンノコトバ↑ワーカリマスカ?
影アナは…分かった、この声はさーなんだ。「ちゃんと分かったぞ」って言いたくなるのは…ここがアウェイだからかな。周りを見ると僕以外はみんなサイリウム(というかスティックライト)を持っている。…う゛…SKEヲタ練度たけ~な…←そんなんで前の方に座るのが悪いんである
前の席に座った女の子2人、左の子は赤×緑…斉藤CP推し? 右の子は緑×緑…それって誰だっけ? くまは知ってる。赤×紫。ふむ…僕も用意してくるべきだったか…。あれだね~…青紫だったら、くまと好きな色かぶってたね~…なんてユル~いことを考える。なんでも自分に引きつけて考える自己中ヤロー。
ここでは色(とその組み合わせ)が、明確な意味を持っている…ということを、あらためて思い知らされる。これ、サイリウム持ってない上に、僕の服がグリーンだから、どんちゃん推しだか菅原推しに見えちゃうんじゃないかしら…。
「あれです。僕の服がグリーンなのは、チームEカラーだからです。決して、手近にあったものをただ引っ張り出してきたわけではありません!」とか、聞かれてもいないのに言い訳したい気分。あれだってね。グリーンの服って、あんまり女の子好きじゃないんだってね。ふ~ん、ふ~ん。どっから仕入れてきたんだか…そんな情報。
手荷物を入れたトレイから携帯を出して…と思ったら、席に着いたあと、いつのまにだか床に落っこちていた。隣の席の人が親切に教えてくれる。ありがとう、おっさん。SKEヲタ、優しいな! ここはヘイトのない世界。みんな自分の大好きな子を見に来ている…たぶん。
そうして、幕が上がる。
5.
2016年10月22日昼、チームE「SKEフェスティバル」公演
近いってより何より、解像度が高い。よく聞く話だ。でも、それが本当に身に染みた。これまで、DMMなどではずっと見てきた。AKB公演もそうだし…SKE公演もまだ無料配信で定点カメラしかない頃から見てきた。数々のお披露目も卒業も、ずっとずっと見てきた。DMMはいつしか、6000kbpsの高画質配信になっていた。
でも、目の前で照明を浴びる彼女たちは…それとは比較にならないくらい圧倒的に解像度が高い。4Kどころか…400K? いや、そんな数字が科学的に正確なんか知らんけれど、それくらい圧倒的な解像度。圧倒的な情報量。これまでずっと見てきた舞台だからこそ、その違いが何よりも新鮮だった。
2曲目「君が思っているより…」でなんだかすでに泣きそうになった。なんか…ああ…本当に来たんだなって。本当にここに来たんだなって。そこで実感したんだ。目の前にくまがいる。くまが目の前にいる。同じ空間にくまがいる。くまがいる。さて、何回くまって言ったでしょう。
ぼくは、ずっとくまだけを見ていた。だから、客観的な感想も言えない。「ユニットは、とくに3人以下になると情報量がグッと下がってしまうから、なかなか見せ方が難しいな…」というのは感じたけれどね。情報量が少ない分、余計なことを考えるスペースが生まれてしまう…というか、単にくまが出てないからかもだけど。
なんかでも、ここはすべてのことが許せてしまうような、祝福に満ちた空間(ほのの誕生日ってこともそれに輪をかけたかも知れない)。とかく言われがちな楽々もすげえ可愛かったし…。須田ちゃんはMC中、話しているメンバーじゃなくて、こっち(客席)をずっと見ていて、そういう割り切った姿勢はやっぱすげえなって思ったし…。
それにね…「お見送り」も含めてなんだけれど…なっきぃとはたごんの…なんと言うかな…人の温もりと言うか…それを感じさせる態度と対応に、心がホッと暖かくなった。「ああ…良い子だなあ」って。
そう…なっきぃ。ぼくはあの子が好きだったし、買ってもいたけれど、去年の一件で「カチン!」ときて以来、一言も触れてこなかった。ただ…今年の9月くらいからかな…なんとなく、もうそろそろ(怒りを解いても)良いかなあって思っていて。人の良さそうなあの笑顔で微笑まれた瞬間、ヘイトな感情はどこかへ消し飛んでいた。「ああ…やっぱりこの子好きだなあ」って。単純だよね。
心温まるシーンは客席にもあった。アンコールの時、前の席に座っている女の子2人のうち、左の子が右の子になにかを話しかけた。「お…ヲタ友になるんかな…」とか思っていたら、予備の(?)サイリウムを右の子に渡した。そして、右の子のサイリウムが緑緑から緑緑…白になった。あ…どんちゃんカラーだ。
たぶん、右の子はなんらかの理由でサイリウム2本しか用意してなくて、それで苦肉の策で緑×2でどんちゃん推しに見せていた(緑×白だと菅原推しになるから)。左の子はきっと、それがずっと気になっていて、それで思い切って話しかけたんだ。男前やな。さすが斉藤CP推しや。やっぱり、ヲタは推しに似る。
やっぱり、推しサイがないとね、レスも貰い辛いもんね! …っていう僕自身は一本も持っとらんのだけれど。なんかね~…レス云々以前にやっぱりサイリウムは必要だなあって。コールとかMIXはハードルが高くても、サイリウム振ってれば何となく応援してるように見えるもん…って、それでも「ロマ崎」推しかっていう。僕は推しに似とらんのかも…
推しサイもないんじゃ、「あなたに会いに来たんです。あなたを見に来たんです」って想いはきっと、くまには伝わらない。「想いは伝わらない」なんて、そんな不能感がいかにも僕らしくて、ちと苦笑してしまう。
だから僕は、ずっとくまを見ていた。ずっとずっとくまだけを見ていた。近くに居ても、遠くに居ても、逆側に居ても、ずっとくまだけを見ていた。近くに他のメンバーが来てもソッポを向いていたから…ひょっとしてイヤな奴に見えたかな…。いや、どうだろう…。
毎公演のなかの1/299。ファンってきっとね、たとえば3万人のSKEファンが居るんじゃなくて、3万通り(×メンバー分)の一対一があるだけなんだよね。
これまでに気付かなかったような、細かいくまの仕草。「あ…ここ、こんな細かい芝居していたのね…」「あ…ここ、こんな目線の工夫してたのね…」「あ…髪飾り落ちそう…」「あ…落ちた…」「あ…拾った…」「あ…苦笑いしてる…」…苦笑しがちなところは…似てるかな…。
一分一秒が惜しかった。くまが近くに来れば嬉しくて。遠くにいれば切なくて。姿が見えなくなったら悲しくて。「僕はこんなにもこの子のことが…キツネみたいな顔をしたこの子のことが好きなんだ」って改めて気付かされた。そうしてまた涙が零れそうになった。な~んて身勝手な奴。僕はいったい、どんな顔をして見ていたろう。悲しい顔をしていなかったかな…。
と、ここまで書いたところで、電車は茅ヶ崎に着いた。遠くの劇場では夜公演が何時間も前に終演。家では「AKB48 FES」が流れていて、くまは再びモニターの中にいた。そうして僕は、まどろみのなかへ。名古屋駅が同じ「東海道線」だってことに気付いて、ちょっぴりうれしかったことを覚えている。
くま、僕が「推し」だってことに気付いたかなあ…
