「ちはやふる徒然2」
音は響き。音はリズム。
はじめに音があった。かるた映画『ちはやふる』は、何よりも音の映画だ。
それは単に、音の演出が優れているという意味じゃない。『タイヨウのうた』でYUIを起用し、『カノジョは嘘を愛しすぎてる』で大原櫻子を見出した小泉監督は、きっと、みずからの内に音楽を持っている人だ。実際、それらは音楽の映画だった。
この映画においても、編集や演出のリズム、音の使い方などにそれが現れている。まず、この映画は、時間を伸縮させる。スローモーションなどを用いながら、時間をコントロールする。静かな瞬間、さざめく瞬間。序破急の呼吸…ではないけれど、こうして伸び縮みされた時間が、リズムを感じさせる。
劇伴の入ってくるタイミングも本当に心地が良い。本当に心地が良くて、僕はそれだけで痺れてしまうくらいだ。こうした劇伴と、劇中の様々な音や声が絡み合う。スーッと流れていく音楽の中に、タンタンタンッと刻まれていく音や声。複雑だけど、でもそれもやはり、とても心地が良い。
そうしたリズムはまた、役者の身体にも現れている。
千早(広瀬すず)の、あのゴム毬のような、溜めたところからグッと猪突猛進するリズムは、この映画のリズムそのものと響いているし、机くん(森永悠希)のあのペタペタペタ…というリズムや、太一(野村周平)のあの鷹揚とした、肉まんくん(矢本悠馬)のあの剽軽な、かなちゃん(上白石萌音)のあのしとやかなんだけれど、でもどこか抜けたリズムは、そこに豊かな響きを加えている。
だから、この映画は、演者の全身を押さえたショットがとても良い。アップで語るよりもむしろ、身体全体で歌っている。それらは時に不調和でありながら、やがて調和していく。
そして、画面に散りばめられた赤/青/黄/緑。陽光で白く融かされた世界に、彩りのアクセントを加えていく。視覚の中にも音楽がある。色彩が音を奏でる。
それらの様々な「音楽的」要素は、まるでオーケストラのように、ひとつの音楽を奏でていく。そして僕は、この音楽にずっと浸っていたいと思う。
(この映画が、RHYMESTERの宇多丸さんや、音楽ライターの宇野維正さんに絶賛されているのも、なんとなく分かる気がする。たしかに、宇多丸さんは、しんみりしたシーンにピアノでポロン♪みたいなのはありきたりじゃないかとも指摘しているのだけれど、それは、この映画が音楽的だということを否定しているのとはまた違うように思う)