セーラー服と機関銃 -卒業-(2.5) | 想像上のLand's berry

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言葉はデコヒーレンス(記事は公開後の一日程度 逐次改訂しますm(__)m)

 
『セーラー服と機関銃 -卒業-』
 
2016年日本、118分
 
監督:前田弘二
 
主演:橋本環奈
 
概要
 赤川次郎の小説「セーラー服と機関銃・その後-卒業-」を実写化した異色の青春ムービー。ヤクザの組長をしていた過去を持つ女子高生が、友人たちを巻き込む詐欺の黒幕と対峙(たいじ)する姿を追い掛ける。メガホンを取るのは、『夫婦フーフー日記』などの前田弘二。Rev.from DVLの橋本環奈が主演を務め、共演に『鈴木先生』シリーズなどの長谷川博己のほか、安藤政信、伊武雅刀、武田鉄矢といった実力派が名を連ねている。叫びながら機関銃を撃ちまくるなど、これまでのかれんなイメージを打ち破る橋本の力演に注目。(シネマトゥデイより)
 
感想
1.『セーラー服と機関銃』(1981)
 セーラー服と機関銃。言い換えると、女子高生とやくざ。誰が見ても分かるように、この一見あり得ない取り合わせこそが、この作品の肝だ。それはまた、当時の映画事情とも関わっている。70年代が「やくざ映画」の時代だったとすれば、80年代は「アイドル映画」の時代だった。その2つをくっつけてしまった…ある種ブリッジの役割を果たしたのが、『セーラー服と機関銃』だった。
 
 また、その内容も時代を反映していた。あの頃のアイドル映画に多く見られた構造が2つある。ひとつは、良い子と悪い子(あるいは優等生と不良)という対比、そして、少女と女性(子どもと大人)という対比だ。多くの場合、主人公は物語を通じて、前者から後者へと移行する。そして、そこに一種の「移行対象」として介在するのが、中年のおじさんだった。今となっては不思議なくらいに、あの時代の映画には、少女とおじさんというカップリングが見られた。
 
 『探偵物語』の松田優作しかり、『早春物語』の林隆三、『天国にいちばん近い島』の峰岸徹しかり、そして『セーラー服と機関銃』の渡瀬恒彦しかり…。少女はおじさんに恋をして大人になる。大人になった少女には、もはや移行対象たるおじさんは不要になる。かくしておじさんは舞台から去り(実際これらの映画ではすべて最後に別れる)、飛び立つことを夢見た籠の鳥は、そうして自らの翼を手に入れる。
 
 こうした構造はまた、単に少女の成長物語というのみならず、女性の力が増していくという当時の社会的な趨勢をも反映していた。『セーラー服と機関銃』というのは、そのタイトルからしても、そうした時代そのものを…その過渡的な性質を…典型的に現していた。だからこそ、あの映画は(単に興行収入のみならず)あの時代を代表する映画になりえたのだと、僕は思う。
 
 バブル崩壊後、こうした構造は消え失せていった。まず、ある種のマッチョな存在だったおじさんが自信を失い、力を失った。そして、入れ替わるように女性が優位となる時代になった。おじさんは不要になり、彼らの(ごく)一部は援交という形で代償行為を求める。やがて援交は社会問題となり、その「文化」へのカウンターとして、AKB48が登場する(援交を肯定する宮台真司がなぜAKBを否定するのか…という話。まあ…それはともかく)
 
 そうした時代の流れのなかで、少女xおじさんという取り合わせは、(少なくとも大衆文化の上では)時代にそぐわなくなっていった。最近、『人生の約束』という映画でまたそうした取り合わせが見られたけれど、なんだか妙に違和感があった。
 
2.『セーラー服と機関銃 -卒業-』(2016)
 さて、この映画。2016年版の『セーラー服と機関銃 -卒業-』、まあ、こう書いてきたから分かると思うけれど、全然時代を反映していない。
 
 一応、原作はある。「続編」として1987年に出版された『卒業-セーラー服と機関銃・その後』。80年代には「地上げ」が問題になっていたし、そこにやくざが絡んでくるというのも、まあそれなりに(当時としては)説得力がある。じゃあどうするんだってことで、原作では物語が動いていく。
 
 でも、それは現代ではリアリティがない。だから、この映画では、現代に合うように脚本で設定を直している…けれど、その脚本が致命的なんだ。とにかく切迫感がなくなっている。なんでそういうことになるんだ…ということの必然性がまるで感じられない。(悪い意味で)ファンタジーの世界。そんなもの、この世界のどこにもないよ…と。
 
 その上、暴排条例が制定された現代で、やくざをいかに描くか…という問題意識も、女性が優位になった時代で、アイドル映画はいかにあるべきか…という問題意識も、この映画からは感じられない。ただ単に1980年代角川映画的なものを、現代のキャストで作り直しただけだ。時代に合っていない(だから客も入らない)。
 
 81年版もストーリー的には無茶苦茶だったし、映画の作りとしても、なんというか…アバンギャルドだったけれど、籠の鳥の「憤り」みたいなものが、画面から伝わってきた。でも、この映画で感じる憤りは、こういう映画を作ったということ自体(とくに脚本)に対する僕の憤りだ。
 
 まあ、ハイキーを多めにした画作りには見るべきところもあるし、橋本環奈ちゃんは(声はイマイチだけれど)やはりカワイイ。相手役の長谷川博己さんも良いし。そして、なにより来生たかおさんはやっぱり凄い…。あの曲、あのMVだけは何度でも見ていられる。この映画はそのおまけみたいなもん。
 
☆☆★(2.5)
物語1.0
配役4.0
演出2.5
映像4.0
音楽5.0