うつせみ(アイドルに関する長い話9)
「10 seconds」
1,2,3…
4,5,6…
7,8,9…
10秒間の長さはどれくらい?
全握ではたいていの場合、メンバー2、3人のレーンになる。
この日の第2レーンはくまなるレーン。
ボクの初握手がくまになるか、なるちゃんになるのか。
列を抜けると、そこに居たのは…
くまだった。
ボクが知っている通りのくま。
その姿も、一言も聞き漏らすまいとするそのまっすぐな瞳も、
その話し方も、普段より1トーン高くなるその声さえも。
この2年半ずっと見続けてきたくまそのものだった。
仕切り用の白いパーティションがレフ板の役目もするのか、
その白い肌がまるで自ら光を発しているように見えた。
世界でただひとりの熊崎晴香がそこに居た。
ボクはたぶん、くまに少しウソをついた。
48の握手会は初めてでも、イベントでの握手は初めてじゃなかった。
1,2,3…そんなことを説明している時間はない。
それは、はじめから分かっていた。
触れた手の感覚…じつは良く覚えていない。
握手会は「接触イベント」と呼ばれることがある。
でも、ボクの感覚では、
それは「接触」(contact)というよりも「接続」(connect)だった。
手を繋いでいる間だけ心が繋がる…
というのは、さすがに1度や2度の握手ではないかもだけど。
たとえば、音の伝わらない宇宙空間。
互いの宇宙服をくっつけると振動が伝わって会話ができる。
ガンダムとかで良く出てくるあれ。あの感覚。
手を繋いでいる間、2つの世界が繋がる。
その手を離してしまえば、ボクはまた真空の宇宙に逆戻り。
そんな感じだった。
あとで気づいた。ボクは最初、くまに敬語を使っていた。
そのまま、なるちゃんとの握手にスライド。
じつは、この日がくまなるレーンだったことも、ボクには大きかった。
たとえば、7月分のボク的(ぐぐたす+1)選抜・市野成美/熊崎晴香…
そう…この2人、ボクの現選抜2トップなんだ。
(初回版を買っていたから)イベント参加券=握手券は持っていたけれど、
つい数日前までは、この全握に行く積もりは全然なかった。
ただ、ひょんさんが卒業だということ、青春18切符が余っていたこと、
そして…とどめのくまなるレーン。
いくつかの要素が重なって、ボクは思い立ったんだ。
一身に耳を傾けるくまが、直線型のコミュニケーションだとしたら、
なるちゃんのそれは、オープンな扇形のコミュニケーション。
どっから投げ込まれても即座に打ち返せるような感じ。
スタンスもフレンドリーだから、はじめから友達感覚で話せる。
なるちゃんが「これからよろしくね」と言い、ボクは「うん」と返す。
そこには、アイドルとファンというより、もう少し人間的な何かがあるような気がした。
(それはボクの持論でもあるのだけれど)
背を向けて出口通路を抜ける途中、もういちどなるちゃんの声が聞こえる。
ボクは振り向かなかった…けれど、あとで気づいた。
あれ? 今のボクに言ったのかな…?
1,2,3…1,2,3…
そんな僅かな時間に、これだけ集中することなんて普段はない。
たとえば陸上選手の棒高跳びとか、スポーツ選手ならあるかも知れないけれどね。
ボクも発表の時は集中するけれど、それだって30~40分だから話が違う。
何を言うか決めて、でもどれだけ圧縮された言葉でも、
この短い時間で想いを伝えることなんて不可能だって知っていた。
だからボクは、ボクが取れるたったひとつの方法…ループをすることにした。
それだけが、「ボクはあなた(達)に会いに来たんです」と伝える唯一の方法だった。
言葉じゃなく行動で。
4,5,6…
2ループ目。
くまちゃんには初センター曲、なるちゃんには研究生公演のこと。
出口で振り返ってみると、なるちゃんが手を振っているのが見える。
今度はボクも振り返す。
女の子に手を振ってしまうのは、普段のクセでもあるのだけれど←
その瞬間、ほんの少しだけ(a little bit)、心が通じた気がした。
3ループ目
…7,8,9…
言うべきことはもう決まっていた。
これが最後の一枚なんだってこと。
ループして列に並んでいる最中、
隣のレーンでは真摯に握手をし続ける玲奈の姿があった。
そんな姿を見ていて、なんとなく心に決めたことがあった。
握手券が付属する初回限定版CDはABCDの計4種類出ている。
ボクが買ったのも4種類。つまり、手許には4枚の握手券があった。
でも、1枚だけは残して置こう…と。
もちろん、くまなるレーンがイヤになったわけでは全然ない。
たぶん、事故らなかったと思うし(事故ってどうなったら事故なの?←)。
もう受付は締め切られていたから、その握手券で玲奈と握手できるわけでもない。
結果的には単に「干す」結果になるわけだから、まったく非合理的な決断だった。
ただ…この一枚は、あり得たはずの無数の可能性の一枚として、
全握に来られなかったさきぽんの…
受付時間に間に合わなかったりおんの…
間に合ったけれど行けなかったひょんさんの…
あり得た筈のくまなるレーンの4ループ目の…
etc.…etc.…
その一枚として残すことに決めた。
帰り道、ロッカーからカメラを取り出す。
そして、バッテリーを家に忘れてきたことに気づいた。
どこまでも抜けているな…ボクは。
あれから時は経ち…
段々と薄くなっていく現実世界の実感。
ボクはホントにくまと握手したのかな?
この世界はホントにくまの世界と繋がったのかな?
ボクはゆっくり時間を数える。
1, 2, 3, 4, 5, 6, 7, 8, 9…10。
脳裏には、あの白く光を放つ姿が焼き付き、
手許には、使わなかったあの一枚の握手券が残っている。