アイドルドラマ・映画に関するetc 4(あまちゃん1) | 想像上のLand's berry

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言葉はデコヒーレンス(記事は公開後の一日程度 逐次改訂しますm(__)m)


 今さらですが…今さら過ぎるんですが…

 『あまちゃん』を見てました<(__)>

 …と言うか、いま見てます。あきちゃんとゆいちゃんが上京するって辺りです。いや~、もう泣けますわ!←

 良いんですよね~。(いろいろ言われてますが)能年ちゃんも橋本愛ちゃんも可愛いですし、ちょこちょこ挟んでくるクドカン流のくだらないギャグも笑えますし、お互いぶつかりはすれど、心底イヤなヤツなんてひとりもいなくて…(いまのところ)。


1.
 ま…それはともかく、なんで今さら見てるのかって、もちろんアイドルドラマを考えるために…と、言いつつ、ひとつ問題が。

 はたして、『あまちゃん』はアイドルドラマなんだろうか…と。

 たしかに、アイドルをテーマにしたドラマではあります。その意味では、「アイドルを描いたドラマ」ではあるでしょう。しかし、以前も書いたように、テーマ・主題の側ではアイドルドラマかどうかというのは判断できません。『スケバン刑事』や『マジすか』ですら、アイドルドラマでありえるわけですからね。

 アイドルが主演しているのが「アイドルドラマ」であると考えるならば、主演の能年ちゃんがアイドルかどうか…つまり「アイドル女優」って存在をどう捉えるか、というところが焦点になりそうですが…。

 同じくアイドル女優だった当時の堀北ちゃんが主演した『放課後。』(2004)を、アイドルドラマであると見なすならば(そしてボクは実際にそう見なすわけですが)、これもアイドルドラマってことになる筈なんですよね。それどころか、多くの朝ドラがアイドルドラマってことになるでしょう。

2.
 しかしながら、どうもそれは違うんじゃないかって気がして。たとえばボクは、『書店ガール』もアイドルドラマじゃない気がするんです。アイドル渡辺麻友が主演しているにもかかわらずね。ここには、なにか別の論理が働いている。

 質の問題は関係ないです。『放課後。』も『あまちゃん』も、同様にボクは素晴らしいドラマだと思います。では、何が違うのか…ボクは何に引っかかっているのか…それを考えてみたところ、どうもボクは、球を投げる方向に引っかかっているのではないかと思うんです。

 アイドルという文化があって、それを支えている層がいるわけですよね。ボクがアイドルドラマだと見なしているものは、ただアイドルが主演しているだけじゃなくて、その層に向かって球を投げているものだったんです(それonlyじゃなくても、主にその層に向かってということね)。

 それに対して、『あまちゃん』とか『書店ガール』は違いますよね。あれらのメインターゲットはボクらではない…。ボクは『あまちゃん』好きですけれど、それは結果としてそうだってだけで、ボク向けに作られた作品ではない…。

 ただまあ、そういう風に分けて考えることに意味があるのか、って思うところもあるんですけれどね。『あまちゃん』は素晴らしいドラマなんだから、それで良いじゃないか…っていう。

 その辺はたしかにジレンマでもあり…。

つづく