「星のバター」
月に影、日に光。満点の星空。
昔々、あるところに陛下がいました。
陛下は小さな星の王さま。お空に浮かぶあの青い星に憧れています。ラジオやテレビで流れてくるその青い星の声や姿に、たとえようもなく惹きつけられていたのです。そしていつしか、自分もあの青い星に暮らしているように思えてきたのでした。
陛下は道を作りました。「すべての道はローマに通ず」。そう信じたのです。まっすぐなまっすぐな道を、あの青い星に向かって作りました。しかし、半径200mの小さな星。まっすぐな道は、すぐに元の場所へとつながってしまいます。
それでも陛下はあきらめません。青い星に向かって、その道をぐるぐると歩き続けます。「歩くだけではないぞ、ドライブも出来るんじゃ」。ぐるぐるぐるぐる。ぐるぐるぐるぐる。朝と夜とが数分ごとに入れ替わります。
そうして、延々とぐるぐる周り続けているうちに、陛下はバターになってしまいました。ぼやけていく視界、融けていくさなか、陛下は「どこかで聞いた話だな」と思いました。
・・・
目が覚めると、陛下は街頭に立っていました。そびえ立つ摩天楼。けたたましい騒音。数えきれないほどの人。渋滞する車の列。ここは夢にまで見た場所。エディ・マーフィ気分で、陛下は通りを練り歩きます。
しかし、不思議なことにだれも陛下のことを気に留めません。陛下が立ち止まっても、歩いても、座っても、寝転がっても、だれも陛下のことを見ようとすらしないのです。
そんなことをしているうちに、ふと、道端に咲く一輪のタンポポが目に留まりました。陛下はそれに手を伸ばします。しかし、どうしても触れることができません。まるで透明な存在のように、そのタンポポは陛下の手をすり抜けてしまうのです。
いやむしろ、触れることができないのは陛下の方でした。触れることも触れられることもできない。そして、陛下は気付きました。「わたしはここには居ないのだ」と。きっと、自分はいまだ、あの小さな星の上のバターなのだと。
陛下は、まるでミラージュのように、存在しない体で青い星の上をただただ漂っていました。日の光、夜の灯り、雨の音。それでも陛下は幸せでした。
・・・
あの夜空のどこかをずっと落ち続けている小さな星。いまもそこに、ひと切れのバターがあります。