ラブライブとSHIROBAKOと3(けいおん的なもの) | 想像上のLand's berry

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言葉はデコヒーレンス(記事は公開後の一日程度 逐次改訂しますm(__)m)


 ちと話が脇道に逸れすぎて、『SHIROBAKO』の話をしていませんでした(^_^;)>

1.
 かつてのアニメには「働く」主人公というのは(基本的に)存在しませんでした。学生であったり、スポーツしていたり、戦っていたりするわけです。

 しかし、2000年代に入ると、そうした主人公が登場するようになります。文字通り労働を描いた『WORKING!!』などはその典型でしょう(3期はじまる!)。

 旅館で働く日々を描いたP.A.WORKSの『花咲くいろは』もそのひとつです。そして、同じP.A.WORKS制作の『SHIROBAKO』はその路線を継承するもの…とも考えられますが、ひとつ決定的に違うところがあります。

 それは、これが『けいおん』的な世界観を持っているということです。たしかに、仕事をしているし、会社には普通に男の人もいる。にも関わらず、これは明らかに『けいおん』的な雰囲気を感じさせるのです。

 (もちろん、ひとつには女の子同士の友情物語だということが挙げられますが)要は恋愛の匂いがしないのです。『花咲くいろは』では恋愛が主題のひとつになっていたので、この点が両者を切り分ける決定的な分水嶺になっているでしょう。

2.
 こうした『けいおん』的なもの…というのは近年のアニメにおけるひとつの問題系になっているとボクは思っています。

 たとえば、『ラブライブ』では『けいおん』的な世界観をそのまま押し進めています。基本的に男は出てこない。だから、アイドルなのにファンも女の子ばかり…という不思議な描写にもなったりしています。

 一方、当の京アニでは、『たまこまーけっと』において、『けいおん』では捨象されていた恋愛や家族といった要素を取り入れました。ここでは、「けいおん的なもの」は世界観=設定ではなく、むしろ空気感で表されていたでしょう。

 設定の面から言えば、むしろ『free』の方が『けいおん』的だったかも知れません。女子マネージャーこそ存在するものの、基本的には男の子だけの世界で、恋愛要素もなく『けいおん』を綺麗に裏返したような設定になっていたのです。

 まとめると、『ラブライブ』は『けいおん』の構図をほぼそのまま引き継いだもの、『たまこマーケット』はそこに恋愛やご近所や家族という要素を付加したもの、『free』は構図をほぼ引き継ぎながらも、男女を反転させたものと言えるでしょう。

3.
 それに対して、『SHIROBAKO』はどうでしょうか。『SHIROBAKO』には社会という要素が付け加えられています。

 『SHIROBAKO』を見たときに、ボクはひとつの問いが頭に浮かびました。それは、「唯たちが社会人になったらどうなるのだろう…」という問いです。彼女たちは「現実」に呑み込まれてしまうのだろうか。

 『SHIROBAKO』には、そのひとつの回答が提示されているように思えます。

 少し不思議に思えるのは、『SHIROBAKO』は『けいおん』的でありながらも、現実世界のリアリティをしっかりと持っているように思えるということです。

 もちろん、あのアニメ制作の描写は非常にリアリティがあります。自分たち自身の仕事を題材にしているのですからね。それは当然です。あれはすごく勉強になる。その点、『花咲くいろは』の仕事描写にはあまりリアリティを感じません。

 ただ、ボクが『SHIROBAKO』にリアリティを感じるというのは、また別の要素があります。本来は現実的である筈の恋愛要素が捨象されているにも関わらず、それ自体が逆にリアリティを持ってしまうというか…そんな転倒があるように思えるのです。

 たとえば、『花咲くいろは』には恋愛が描かれていますが、それはいかにもアニメ的な恋愛でリアリティを感じません。

 むしろ、男キャラクターが出てきて、でも別に全然恋愛的な関係に発展しそうもない方がリアリティがある…むしろ、現実世界ってそういう風じゃないか…と思えるんですよね。とくに設定が社会人だと、なおさらそう感じます。

 だから、『けいおん』的な要素(非恋愛)は別にこのアニメのリアリティを損なうような結果になっていなくて、それが少し驚きだったんですよね。社会人になったとしても、唯たちはあのままであり続けるという…その先の未来を描いても、あの世界観は維持されるという…そのことにね。

4.
 「唯たちが社会人になったらどうなるのだろう…」という問いには、もうひとつ「夢」という問題がついていきます。(もちろん、「夢と現実」ってのは、前の記事でも書いたように、いまボクがアイドルを見ている中ですごく考えさせられていることでもあって)

 唯たちの場合、それは音楽になるわけですが…大抵、「現実的な話」というと、どこかで夢をあきらめて、それで就職して…って話になりがちですよね。夢と現実ってのは対比的に描かれる場合が多い。

 だから可能性としては、唯たちがバンドとして成功を収め、プロのミュージシャンになるか…。それとも、それは青春の一ページとして普通に就職して社会人生活を送るのか…(実際、さわちゃん先生はそういうキャラクターとして描かれていますよね)。あるいは別の夢を見つけるか…。

 でも、『SHIROBAKO』はそれとは違う可能性を提示している気がするんです。

 もちろん、宮森たちはアニメ業界に就職できているわけで、そういう意味では就職しながらも夢を追いかけられているわけですが…。でもたとえば、声優志望のしずかはバイトしながら声優をしていますよね。夢を追うために仕事をするというか、半々の生き方というか…。

 ボクの友達に音楽やっているヤツがいて(CDも出しているんですが)彼が言っていたのが、まさにそういうことだったんですよね。どっちかじゃないんだと。

 もちろんCDが売れて、それだけで食っていければそれで良いんだろうけれど、でもそれはなかなか難しい。ただ、だからって夢をあきらめちゃって生活のためだけに働くってのも違うと。バイトとかしながら、ずっと夢を追い続けるという生き方もあるんじゃないかと。

 これはただの願望ってわけじゃなくて、実際にそういう生き方をしている人たちがいるっていう、彼の研究テーマでもあるんですけどね。たしかに、劇団員なんか大抵そんな感じですよね。舞台なんてあまり儲かるもんじゃないですから。

 『SHIROBAKO』が見せているのも、なにかそのようなことなんじゃないかと。一方で、ソリッドで非常に現実的な「仕事の話」でありながら、その傍らには夢のような不確かなものがある。

 だから、仕事の話なんですが、じつは『けいおん』の構図とそんなに変わっていなくて(実際、『けいおん』にも、唯たちがギターを買うためにバイトをする話とか出てきますよね)。

 こう…卒業して大学入って就職して「じゃん、ゴール」で『けいおん』的な世界が終わりじゃなくて、社会人になっても別にそのままであり続けられるというか…『SHIROBAKO』はそのこと自体になにかすごく新たな可能性を見させられた気がしたんですよね。