響き(新曲に関するetc) | 想像上のLand's berry

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言葉はデコヒーレンス(記事は公開後の一日程度 逐次改訂しますm(__)m)


1.
 良い歌なんですよ…これが…(-_-;)

 ホントにマジ良い歌なんですよね…(-_-;)

 なんの話かと言えば、チーム8の新曲『挨拶から始めよう』の話です。そう…こういう歌を書けるんですよね…。良い歌というのは、その空間を特別なものにする気がします。

 このMVでも、たとえば本田ちゃんの眉毛(グッズ)がクッと上がるところや倉野尾ちゃんのダンスですっと手が横に振れるところや…横道ちゃんがカメラにグッと寄るところが、なにか特別な瞬間としてボクの心に刻まれていきます。

 よく「爪痕を残した」という言葉が使われますが…じつはそういうものよりも、こういう何気ないことが、ボクの心には深く深く爪痕を残していたりするのです。それはやっぱり、歌の力ですよ。歌がその空間を、その瞬間を特別なものにする。

 だってさ…目から入ってくるものと耳から入ってくるものが共鳴しているんだ…じつはそれって凄いことなんだって。そんなことで感動したりもするわけです。






2.
 2/20、SKEの新曲がMステで披露されました。まあ…色々と言いたいことはあるんですが…ボクはひょんさんが好きなんですよ。だから、あの子が大切にしているものをこれ以上あまり悪く言いたくなくて。

 歌詞が出来たのが2日前で振り入れが1日前とか、そんな感じだったのかな…振り入れの時間が短かったせいか、本番でもミスしていた子がいたことが話題になっていましたが…でも、ボクは、それ以前の問題をすごく感じて。

 もちろんスケジュールの問題もそうなんですが…。曲の入り方(一音目)がすごく弱く感じましたし、メロディもどっかで聞いたような感じ。それに、全体がすごく四角な印象がしたんですよね。

 …ああ…結局、ボクは言っちゃうんだな…。

 四角ってのは、どういうことかって言うと、ざっくりしているということです。明るく元気で可愛いSKEの歌…って、そういうイメージにピッタリ収まっていて、細かい襞がない。

 とは言え、メンバーはパフォーマンスを頑張るしかない。いくらテレビ番組での扱いが良くなくても、パフォーマンス頑張って表現の強度を上げていくしかない。そうして魅せるしかない(まあ、Mステではそのパフォーマンス自体がいまいちだったわけですが)。

 それはそうなのですが…。

3.
 でもホントにそうかなと。それはチーム8の新曲を見ていて思ったんです。あれは良過ぎましたよ…。それに、以前を見ても、チーム8は良曲がホントに多いんですよね。

 こういう時、「SKEにも良曲を回してくれ」って言うのは簡単です。冷遇されていると。でも、おそらく違うんですよ…。チーム8だからああいう歌が出来るんであって。それはつまり、作家のインスピレーションを刺激する何かがそこにあるということです。いくら作家でも、何もなければ何も生み出せませんから(選んだ曲に歌詞を当てているだけだとしてもね)。

 チーム8の場合、それは「フレッシュさ」ということですよね。それと日本全国から集められているということ。だからインスピレーションも湧きやすいんだろうな…と。今回だって、『挨拶から始めよう』ですからね。他のグループだったら、この歌は歌えないでしょう。

 もちろん、彼女たちが歌うのは自分たちをテーマにしたものばかりとは限りませんが、どんな歌を振るにしても、グループの雰囲気を掴めた方が、(そこと歌との距離や関係を測れますから)インスピレーションは湧きやすいと思うのです。

 SKEの場合、それは最初に述べたような「明るく元気」になるわけです。「不健康的なAKB」に対する「健康的なSKE」というね。当初はそういう構図があったと思うんです。シングル曲では『片想いFinally』がすごく良いんですが、それはその構図をひっくり返したからですよね。それも、もともとの構図があってこそ成り立つんです。

 しかしながら、AKB本体は段々と無軌道なグループになっていきました。選抜を見ても、キャリアもタイプも何もかもバラバラになっていった。「AKBはこうだ」というのが無くなっていった。そうした結果、歌自体も、もはやイメージもなにも関係ないような当たり障りのないものばかりになっていったのです。
(その結果、「無軌道でバラバラになってしまったAKB」に対するアンチテーゼとして「統一感のある乃木坂」が新たに提示されたわけですが)

 また一方で、AKBの無軌道化は、「不健康的なAKB」に対するアンチテーゼとしての「健康的なSKE」というSKEのアイデンティティの存在感をも低下させていく結果にも繋がったかも知れません。いわゆる「SKEのAKB化」もそれに輪をかけていたでしょう。

 だから、SKEの「明るく元気で」というのも、(本人たちにはその積もりはなくても)いつしかその切迫感を失っていました。SKEの新曲がそのイメージにふさわしいものでありながら、箸にも棒にもかからないようなものになってしまったのは、そうした結果のように思えます。

4.
 まあそうした読みはどうでもいいか…それともうひとつ理由がある気がしていて。それは、秋元さん自身がすでにSKEメンバーのことをほとんど知らないんじゃないか…ということです。

 言うまでもなく、グループはメンバーによって構成されるもので、それは常に変化していきます。常に動態のなかにある。「明るく元気で」というフレームは変わっていなくても、中身はその時々で色んな響きに満ちているわけです。

 でも、作家がその響きを聴き取れていないから、フレームだけの歌=四角な歌が出来上がってしまう…そんな感じです。小説家は、キャラクターが出来上がればあとは勝手に物語が走っていくと言いますよね。でもキャラクターを分かってなきゃそれも出来ないでしょう。

 48は、いまではキャラクターが数百人という規模になっていますから、そういうことがすごく難しくなっているんだと思います。だから、本当はグループごとにクリエイターを別の人にした方が良いんじゃないか…という気がボクはしているんですけれどね。

 でも、そんな話を今したって仕方ありません。

5.
 ボクがここで何を言いたいかといえば…「インスピレーションが湧きやすいグループになるしかないんじゃないの」と。「自分たちはこういうグループなんだ」というのをもっと強く持っている必要があるし、それは個人でもそうです。

 響きが聴き取られていないなら、もっと強い響きを奏でる必要がある…。声を大きくするって意味じゃなくてね。もっと心に強く響くってことです。良い歌が来ないなら、良い歌を書かせなきゃ。

 こう言うと、なにか「媚びろ」って言っているように聞こえるかも知れませんが、でもボクだったら…作家じゃないのでまったく説得力ありませんが…ボクだったら媚びてくる子からインスピレーションを受けることはないです。

 そうじゃなくて、インスピレーションの源になるようなグループ/個人になるということかな…。抽象的ですけれどね。ひとつひとつの旋律があって、それが全員分集まってSKEという音楽を奏でる…。まず自分たち自身を潜在的な歌にするというかな…自分自身の存在を歌として見るというか…。

 まず何よりもはじめに、自分たち自身で、SKEってのはどういう歌なんだ、ということを決める必要があると思うんです。そうすればきっと、その響きが美しければきっと、その響きは掬い取られる…のかなと。まさにゃが良くSKEの代表曲を欲しいと言っていますが、ボクは、きっとそれはそういう歌なんじゃないかと夢想したりします( ..)φ

<(__)>