フューリー(4.5) | 想像上のLand's berry

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言葉はデコヒーレンス(記事は公開後の一日程度 逐次改訂しますm(__)m)

 
『フューリー』
FURY
 
2014年アメリカ/イギリス、137分
 
監督:デヴィッド・エアー
 
主演:ブラッド・ピット
 
概要
 ブラッド・ピットと『サボタージュ』などのデヴィッド・エアー監督がタッグを組み、ナチスドイツ相手に戦車で戦いを挑む男たちの姿を描く感動の戦争ドラマ。第2次世界大戦末期、戦車を駆使して敵軍に立ち向かう5人の兵士たちの過酷なバトルを追う。『欲望のバージニア』などのシャイア・ラブーフや、『ウォールフラワー』などのローガン・ラーマンらが共演。アメリカとドイツ双方が誇る戦車の激突はもとより、強い絆で結ばれた男たちのドラマが琴線に触れる。(シネマトゥデイより)
 
感想
 これは…重い作品だ。
 
 戦車に対する細かいところへのこだわりは、「ガールズ&パンツァー」を彷彿とさせる。だけど、もちろんあれとはまるきり違う(あれはあれで良いとボクは思うけれど)。ここにあるのは、生の戦場…戦車が人を殺す兵器である戦場だ。
 
 福井晴敏、浅田次郎、百田尚樹…近年、戦争を描いた日本の作品では、主人公が人道主義者であるケースが多々見られる。あれが、ボクにはとても違和感がある。あれらは、自分は人道主義という安全なところに立って、戦争を批判しているように見えるからだ。
 
 主人公は善いヤツで、戦争は悪いヤツらがやっていること。そんな構図じゃ主人公は端からなにも背負っちゃいない。あれらは、ただ単に対象物として戦争を批判しているに過ぎない。鑑賞者は主人公側に感情移入するわけだから、あれだと「ボク自身が撃ってしまった」という感覚にならないんだ。
 
 重さがないんだ重さが。
 
 戦争の本当の怖さ…というのは、そこには描かれていない。戦争の本当の怖さというのは、全体が狂気に呑まれていってしまうということだからだ。その狂気といかに向き合うか…ということが、あれらの作品では端から問題にならない。
(むしろ、いま右習えで人道主義を唱えているようなヤツらこそが、そういう時代には戦争を礼賛していたんじゃないか、とさえボクには思えてしまう)
 
 この作品は重い。なぜならば、善い人も悪い人も(そんなものが想定できるのならばの話だけれど)関係なく、すべてが狂気に呑まれていってしまうからだ。そこに抗う術はない。
 
 殺さなきゃ(自分や仲間や家族が)殺される。そういう状況になった時、人はやっぱり引き金を引くんだ…とボクは思う。それはどれだけ取り繕ったって覆い隠せない。「おままごとをしたって、自分のしてきたことが消えるわけじゃない」。
 
 この映画は、そのこととちゃんと向き合おうとしている。だから、暴力的ではあるけれど(数々の人道主義的戦争映画よりも)よほど誠実だ。
 
 『キャプテン・フィリップス』の時にも感じたこと。怖いのは…こうしてただ映画を見ているだけで、主人公側に肩入れしてしまって、「撃て」と思えてしまうこと(当時はアメリカ軍と戦っていたボクら日本人でさえね)。
 
 そして、目の前に累々と広がる屍を前に、彼らもやはり同じ人間だった…ということに気付くんだ。すべてが終わってしまった後にね。
 
☆☆☆☆★(4.5)