『STAND BY ME ドラえもん』レビュー
来るべき未来のために
1.
う~ん…たとえばさ…あの「雪山のロマンス」のエピソードね。あれ、原作(20巻)でもたしかにプロポーズOKするんだ。でも、それがどうなっているかというと…
「のび太さんと結婚するわ。そばについててあげないとあぶなくて見てられないから」
って、未来のしずちゃんは言うわけ。で、それを未来TVで見ている少年のび太が、
「こんなみっともないのいやだっ、まっぴらだっ」
と言う。で、それを聞いたドラえもんが、
「だったらもう少したくましい男になるんだね」
というオチになってる。
…だからさ、これはもう明らかに開かれたものとして未来が描れているわけ。「そういう未来がいやだったら、もう少ししっかりしなよ」っていうね。これこそが『ドラえもん』だとボクは思っていて…。
それに対して『STAND BY ME』では、もう未来は「こうあるもの」として確定させちゃっているわけでしょ。無限に開いたものではなく、過去から未来へと流れていくひとつの流れとして、未来を捉えてしまっている。
ボクはもうそれは明らかに違うと思うわけで。その部分に拒否感を覚えてしまう。
2.
ただ…これを作ってる人がわりとズルくてさ。そういうの分かった上での、あのNG集なわけでしょ。「それ分かってますよ」っていうさ(だからNG集を挿入して、映画全体をフィクション内フィクションにしてしまって、未来を不確定のものにする)。
それ分かった上で、客を泣かせるために、あえてああいう風に作っているわけで。それで泣いちゃう人はやっぱりいくらでも居るわけで。
それで、「ドラえもん」ってネームバリューを(ドラ世代向けに)使って、山崎監督がノスタルジーたっぷりに(年配者向けに)作って、そして「ドラ泣き」みたいな宣伝を(カップルや若い女性向きに)打てば客は入るわけで。
だけど、ここには犠牲にされているものがあるわけで。そういうもののためにもボクがこの映画を批判するのは止められないな。この映画をボクが「よし」って言うのは絶対に違う。
それは『ドラえもん』で育ったボクがしなきゃいけないことだって。それは結局、単なるエゴに過ぎないんだけどさ。ボクの中に住んでいるかつての少年がそれを許さんのさ。
まあ、これ見たら、絶対カチンと来るの分かってたからさ…だから敬遠していたんだけども…なんか、あのNG集を見たらさ…気が抜けてしまったというか、ああ、この人たち分かった上でやってるんだな…っていうさ。
なんか、そのやるせなさ…。分かった上でそれをやっていて、それでそれが受け入れられてしまうっていう…なんかな~…。ってことで、こうして色々と書き連ねている。
3.(こっから下はなぜかSKEの話です<(__)>)
あと、これは全然関係ないんだけれど…ひょんさんがさ、これを見て「泣きっぱなし」だったって言ってるんだよね。それがなんか…いやもちろん、あの子が何を見て泣いたってそれは良いんだ。それを否定するつもりは全然ない(どんどん泣いてくれ)。
そうじゃなくて、『gift』の時もそうだったんだけどさ。ひょんさんはあの映画をすごく大事にしていて、ファンの人もすごく応援していてね。あの映画は「良い映画」だって言って。
でもさ…ボクは全然そう思えなかったんだよね…それがホントになんか…辛いってんでもないな…苦しいってんでもないな…なんか虚しさのようなものを感じて。
ボクはSKEメンバーとかSKEヲタの人にシンパシーを覚えているわけ。一方的にね。でもさ…なんか、最後のところでどこか決定的なズレがあるんじゃないかって気がいつもしてさ(だからボクは、ある一定以上には近づかないんだけれど)。
もちろん、コミュニティったって全員が全員、同じように考え、同じように感じているわけじゃない。それは分かる…それは分かるんだけれども…。
ボクは前も書いたように、「玲奈は(これくらいのこと)分かってよね」って感覚がすごくあって。「玲奈なら分かってくれる」という玲奈が居てくれることで、ボクがここ(SKEコミュ)に居られる…って、まあボクは在宅に過ぎないわけで…それは単なる心理的な距離なんだけれども。
まあともかく、そんな感覚が少しだけあって。だからさ…玲奈/ひょんさんと感覚が合わないっていうのが、ボクにとって、なんか…すごく居心地が悪く感じる時がある。それは別に、自分の見かたや考え方、感じ方を強制したいってんじゃないんだ。
むしろ、もっとナチュラルなもの。こう…これだけ多くの人が生きていて、これだけ多くの文化があって、これだけ多くの芸能人が居て、これだけ多くのアイドルグループがあって、その中で、ボクがなぜここに居るか…。
それは「感覚が合うから」。そうじゃないと無理なんだとボクは思っていて。その部分。それがズレてしまうなら、ボクがここに居る必然性がなくなってしまう。だからこれは結局、ボクの居場所の問題であって。
別に、そんなことまで、ひょんさんに負ぶせようとは思わないんだけれどね~。
ただ、ボクがなんでこういう風に何度も何度も書いているかって、その心理を探ると、そのひとつには、たぶんそういう居心地の悪さ(…というか居場所を失うこと…いやむしろ、そもそも居場所が違っていると知ってしまう怖さというかな…)みたいなものが根っこにあって。
その一方でボクはもちろん、ひょんさんやSKEが(ボクなりに)大好きなわけでさ。ここに居たいと願っているわけ。だったら居りゃあ良いじゃん…って、そうならないのがボクなわけで。だから、その辺の葛藤が表に出ちゃうんだな…たぶんね。
いやまあ…そんなに深刻に考えているわけじゃないけれどね。今回はちと、自分をさらけ出しすぎだな。結局、すべては自分自身の問題でしかないから、(どこに吐き出すわけにもいかなくて)こうしてブログに書くしかないんだけれどね。
そんな感じでした<(__)>