小野寺の弟・小野寺の姉(4.0) | 想像上のLand's berry

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言葉はデコヒーレンス(記事は公開後の一日程度 逐次改訂しますm(__)m)

 
小野寺の弟・小野寺の姉
 
2014年日本、114分
 
監督:西田征史
 
主演:向井理、片桐はいり
 
概要
 テレビドラマ「実験刑事トトリ」シリーズや『アフロ田中』などに携った脚本家・西田征史が、初監督に挑んで放つコメディードラマ。一軒家に暮らす恋愛に消極的な弟とパワフルな姉が、誤って配達された手紙をめぐってそれぞれの恋と人生が懸かった騒動を巻き起こしていく。2013年に上演された舞台版でも主演を務めた、数々の出演作を誇る片桐はいりとテレビドラマ「S -最後の警官-」などの向井理が主人公の姉弟を快演。彼らの息の合った姉弟ぶりもさることながら、涙と笑いが絶妙に配分された人情味満点の物語も見どころ。(シネマトゥデイより)
 
感想
 これは日常系ファンタジーだ。
 
 冒頭、寝ぐせのついた小野寺弟、赤いセーターがなぜだか「ちゃんちゃんこ」にしか見えない小野寺姉。『カリオストロの城』で、フィアット500にぎゅうぎゅう詰めで乗り込むルパンと次元のように、遊園地の遊具にぎゅうぎゅう詰めで乗り込む大のおとな2人。
 
 これでもかという可愛さ演出…。そう思えてしまうボクは、たぶん心が汚れている。
 
 タイトル明け。クレーンショットで小野寺家が映し出される。クレーンは良いよね。でも心が汚れているボクは、このショットにまた別の意味があることに気づいてしまう。町をハイアングルで映すと、まるでおもちゃの町、子どもの町のように見えるんだ。
 
 この映画のポイントのひとつは、そうした縮尺を凝らした演出。狭い小野寺家は、まるで日常版ドール・ハウスのよう。町をハイアングルで映せばおもちゃの町のように見えるし、狭い家の中で登場人物の顔をローアングルでアップで映せば、おもちゃの家に住む少しだけ大きなガリバーのように見える。
 
 世界はほんの少しだけ狭くて小さくて、だから普通のサイズのキャラクターがほんの少しだけ大きく、どこか頭でっかちで愛らしい存在に見えてくる。たとえば、リカちゃんハウスに比べて明らかにサイズが大きくて、縮尺が合っていないリカちゃん人形みたいな感じ。
 
 いま書く前に「リカちゃん ハウス」と検索をかけて調べました。と、言ってみることで、「実際はリカちゃん人形詳しくないんです」アピールをしておきたいボクは、やっぱり心が汚れている…と、3回も書くとしつこいです。
 
 小野寺姉弟は町に出る。「あ…ムロ出てんじゃん。どこでも出てんなムロ」。いまや売れっ子のムロツヨシ。二年前の『踊る大捜査線』レビューで、「彼、とても良い俳優さんなのに(出番が少ない)」という不満を書いたから、役者を見る目があるアピールしとかなきゃな…と、ボクはまた考える。
 
 小野寺姉弟はマンションを訪ねる。美人登場…と思ったら山本美月。まるっきり予備リサーチをしてこないボク。『アオイホノオ』の時にも感じたけれど、彼女、良い役者さんだよね。声に世界観がある…というか、声で世界を作ることが出来る。「良い役者さんってのは、こういう子のこと言うんだよ」、と、脳裏に浮かんだのはピーッ!。お好きな名前を当てはめてください。
 
 物語に関しては特に言うこともない。ホロッとさせるところもあるし、クスッとさせるところもある。周囲の登場人物たちの行動が少しわざとらしく(物語展開のための行動に)感じられる部分があるから、もう少し世界全体が「人情味満点」でも良かったけれどね。ただ、可愛さ演出でデフォルメされているから、その辺もさして気になりはしない。
 
 にしても、隠しきれぬは小野寺弟の高スペック感。似てるのはオードリー若林さん…ってより、むしろ小林賢太郎さんかな…なぜだか急に敬称になってしまった。そう、監督/脚本の西田征史さんは、小林さん演出の舞台でおなじみの人だ…という、昔から知ってましたアピールも忘れずに。アピッとかなきゃ。
 
 彼が手がけた『泥棒役者』も良い舞台だった。その舞台に出ていた2人の名前がエンド・クレジットで流れていたけれど、劇中では気づかなかった…不覚。ボクは、たいていのことに気づかない。
 
 「気づかないね~キミは」というのは、(『泥棒役者』に出ていた)きたろうさんのセリフ。ここで、そのセリフが『泥棒役者』のものだと思えてしまったり、「さては、2人のうち1人はきたろうさんだな…」と思えてしまうのはボクのミスリード。
 
 帰り道、駅のベンチ。右方を眺める。ボクは生まれてからずっと、ここに座っていた気がした。映画のレビューが自分語りになってしまうのは、ボクの良いところ。
 
 …と、締めで全て肯定してみたら、すこし気持ち悪い感じになりました。
 
☆☆☆☆(4.0)