「お化けを倒す軍隊とまさにゃのトトロ」
1.
お化けって、どこにも居るけれど、どこにも居ないもの。だけど、そうしたどこにも居ないものを「倒す」ってだけで、みんな団結できてしまう。それって凄い。だからお化けに戦争をしかけよう。ボクらの敵は運営でもメンバーでもメディアでもなければ、ファン自身でもない。みんなでお化けを倒すんだ!
って、何を言っているかといえば、なこ(矢吹奈子)の「お化けを倒す軍隊だー!」って話です。お化け屋敷にいった時、「私たちはお化けを倒す軍隊だー!」とか、みんなで言っていたという。
それに司会の有吉さんがすかさず「おおー!」ってノッたことで、この「私たちはお化けを倒す軍隊だー!」→「おおー!」って流れが一部(?)で流行っているとかいないとか。
これを見たときに、ボクは「これだ!」と思いました。「いまの48に必要なのはこれなんだ」と。それがなぜか…というのは、冒頭のtwitterに書いた通りなんですが。もうひとつ、ここには子供力みたいなものがある気がするのです。
もちろん、なこは13歳なんで子供なんですが、ここで言いたいのは、むしろ誰しもがもっている子供心…あるいは童心と言っても良いかも知れませんが、そうしたものの力です。
2.
それはたとえば、「となりのトトロ」を喜んで歌うまさにゃ(大矢真那)が表していたもの。
あれは良かったですよ…うん、なんかあれはすごく良かった。なにかとても大切なものがあそこにはある気がしてね。なんかうらやましくってね。
もちろん、「お化けを倒す軍隊」とまさにゃの「トトロ」はある意味では正反対です。かたや「お化けを倒す」って言っているのに対し、かたや「もしも会えたなら、すてきなしあわせが」と歌っているわけですし、かたや13歳の子供が言っているのに対し、かたや23歳の大人が歌っているわけです。
でも、ここにはなにか共通点がある…。
それはひとつには、この世ならぬ存在を前提にしているということ。そして、そこには、なにか素朴な子供心のようなものがあるということです。この世の存在とこの世ならぬ存在を区別しない…というのは子供の特徴ですよね。トトロには子供の頃しか会えないってのはまさにそういうことですし。
正直、いまの48には嘘とか偽りとかが、どうしようもなくこびりついているわけですよ。
そういうものに対するピュアな子供心…っていうね。それがとても響いてくるんです。これはすごい強度があるんですよ。表現としてね(正直、ことし48が歌ったあらゆる歌のなかでもっとも強度があると思います)。
いま、「ピュア」とかって言うと、別のコノテーションを引き込んでしまうわけでしょう? それは汚れたものを前提とした上でのピュアであって、そういう風に出てくるピュアなんてのは、単なるポーズに過ぎないわけで。
ボクがここで言いたいのは、そうではなく、未分化の「ピュア」。綺麗なものと汚れたものを区別しないという意味でのピュアってことね。なにかそうしたプリミティブな力が必要なんですよ。また別の言葉つかいましたけど。「HUNTER x HUNTER」のゴンが持っている力ね。
そんなことを意図せず出来るのは、(SKEでは)まさにゃを置いて他に居ないんですよ。だって、あのトトロなんて何の曇りもないじゃない。あの子、いつだかのSKE学園でアスレチックをやったとき、「あきちゃんが鐘ならした~」って嘆いてたときと基本は変わってないんですよね。
まあ、そういうこと言うと、最近、本人が「変わらなきゃ」って言っていることと矛盾するみたいですけど。良いんです、それは別に。まさにゃがしっかりしたってね。
こう…何と言うか、ボクはノスタルジアで昔に戻れと言いたいわけではなく、誰しもが本来持っているはずのプリミティブな力があるでしょうと。ピカソが「子供のように描きたい」と言ったのは有名な話ですけど。それを彼は訓練して勉強して、なんとか到達しようとしたわけで。
彼がなにをやったかって、退廃的な世紀末芸術の時代のあとに原始的なアフリカ美術をぶつけることで、芸術に新たな息吹を吹き込んだってことだとボクは思っているんですが(アルカイック→クラシック→ヘレニズムという普遍的な芸術の流れを、もういちどアルカイックにリセットしなおしたということね)。
だから良いんです、それは別に。まさにゃが成長したって。その先になにがあるかってことが問題なだけで。それ(成長することとプリミティブな方向に進むこと)は必ずしも矛盾しないんですよ。
トトロを歌って手を振ってるまさにゃを見ていると、ボクはそうしたプリミティブな力をすごく感じるんです。なにより、楽しめるっていうね。本人も、
「すごく盛り上げていただき、私、すっごくすっごく物すごーく!楽しかったです。これですね、SKEって。これなんですよね、SKEファミリーって」
って書いてましたけれど。うん…なにかボクもあそこにはすごく大事なものがあるって気がするんです。
3.
正直、ボクはいま、純粋に楽しめないことって多いです。
TV番組を見ていても、「スキャンダルの子出てるじゃん…」とか、「あ…あの子が出てるのにこの子が出てない」とか、「きょうは見せ場を作った」とか「空気だった」とか「企画がしっかりしてない」とかね、なんだか計算とか打算とかそんなことばっかりやっていて、純粋に楽しめなくなってしまった。
そうしたときに、すべてを未分化の状態にしてしまう子供の力ってのは、すごく大事な気がして。そうして融け合っちゃうことではじめて、すべての人がともに盛り上がれるというかね。要はニーチェが言うところのディオニュソス的ってことですけれど。
まあこの記事でボクがなにを言っているかってほとんど意味不明だと思うですけど…要は「それで良いんです」ってことですよ。理屈(ってのはそれ自体が分類するってことです)とか、そうしたものを越えていくことが必要なんだって、そう思いますね(そうしてボクはやっぱりまさにゃが好きなんです)。
そうして、私たちはお化けを倒す軍隊だー!
おおー!
まさにゃのトトロ
(松村香織 Google+)