変化2(価値体系) | 想像上のLand's berry

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言葉はデコヒーレンス(記事は公開後の一日程度 逐次改訂しますm(__)m)

 
「変化2(価値体系)」
 
1.
 高校野球には、さらにもうひとつ外側に枠がありますよね。それはこれが野球というゲームであるということ。つまり、どうやって勝者を決めるかの枠組みですね。

 「チームスタイル」が「どうやって勝つか」という方法論の問題なのに対して、こちらは「どうやって勝者を決めるか」というルールの問題です。本来、ほとんど変わる余地のないものです。

 まず、「どうやって勝者を決めるか」を決めれば、あとは各チームが「どうやって勝つか」を考え出すから、そこから自然に「チームスタイル」が生まれてくる。そういうものだとボクは思っています(「どうやって勝者を決めるか」も決まってないのに、「どうやって勝つか」なんて決めようがないでしょう?)。 

 48は、どうもまだその辺が曖昧と言うか、はっきりしていない。総選挙はあるんですけどね。「チームとして勝つ」ということが、どういうことなのか決まっていない。 

 だから、「チームスタイル」=「~らしさ」とは何かという地点でクエスチョンが止まってしまう。おそらく、そこには答えはないですよ。みなそれぞれに考え方が違うんですから。 

 チームとして目指すもの=勝利の定義を明確に定めることで、今のメンバーで勝つためにはどうすれば良いかを考えられるようになるわけです。そうやって「チームスタイル」が決まっていく。一番外の枠組みを決めれば、あとのものは自然と決まっていくんです。

 (かつては「拡大」がその勝利だったわけですが、いまはそういう状況ではありません)だったら、各チームの勝敗は48内で決めちゃえば良い。そうすれば、それ自体に価値が生まれて、モチベーションが生まれる。モチベーションが生まれれば熱が生まれるんです。 

 もちろん、ここで例のペナントレースの話が出てくるわけですよね。あれは大失敗だったわけですが、方向性としては間違っていないとボクは思っています。勝者を決める方法があまりに杜撰だっただけでね。
 
2.
 いちばん単純なのは、総選挙を個人戦+チーム戦にしてしまうということですよね。
 
 ここで問題なのは、チームのポイントを得票数の総和で出すのか、平均で出すのかということ。それぞれに一長一短があります。現在、各チームのメンバー数は一定じゃないわけですから、総和にしてしまうと、不公平になってしまう。
 
 いっぽう、ひとりごとの得票数の平均で出せば、そうした不公平さはなくなります。ただし、別の問題が生じます。平均でポイントを出すということは、チーム戦を考えた場合、人気がないメンバーは選挙に出ない方が良いってことになってしまうわけですよ。
 
 そうすると、「お前は立候補するな」という議論が確実に巻き起こる。だったら、立候補制度をやめたらどうか。でもこうなると、さらに「チームやめろ」という議論に加熱してしまう恐れがあるでしょう。
 
 総和でポイントを出す場合、すべての得票数はプラスにしかならないですから、ひとりでも多く立候補した方が良いんですけどね。これはチーム間の不公平さを生むというのは先述したとおりです。
 
 なかなか難しいのですが…たとえば、(総和/平均で出すにしろ、立候補制/強制立候補にしろ)チームの得票数上位16人だけポイントを計算する、って辺りが落としどころになりますかね。そうすれば不公平感も下位メンバーのプレシャーもそれなりに緩和されるでしょう。
 
3.
 と言いつつ…ボクはもう少し別のことを考えています。ボクがいま大事だと思っているのは、(チーム/個人を問わず)48内部で新たなreward(報酬)の体系を作ってしまうということです。新しく価値体系を作ると言ってもいいですが。
 
 正直、天下を取ってしまった以上、もう拡大政策は限界を迎えつつあるわけですよ。外部にはもう切り取れる領域があまり残っていない。現状は内部でのパイの奪い合いになってしまっていて、結果として先行有利の状態になっている。

 この状況でなにをやればいいか。それは尾張の偉大な先人が教えてくれます。織田信長という人がなにをやったか…という話です。

 彼は、それまで土地とか金銭ばかりだった論功行賞に「茶器」を加えたんですよね。茶器の名器というのはすばらしいんだと。これをもらえるということは大変に名誉なことだとしてしまったんです。
 
 もちろん、多くの土地をもっている武将というのは強い権限を持っているわけですが、名器をもらえた武将というのは大変に尊敬されるようになる。上野一国(群馬)をもらった滝川一益が名器をもらえなくて嘆いたというのは有名な話です。

 つまり、信長は新しく価値体系を作ってしまったのです。部下にあげられる土地の広さには限界がありますが、茶器はまた新たに作ればいい。拡大型の価値体系から、自己完結型の価値体系に変えてしまった。これはすごい発想の転換です。

4.
 ボクがなにを言っているか。48の総選挙というのは、ファンの数とその熱量(さらにその財力)で決まります。ファンをどれだけ引っ張ってこれるか。それは、武将がどれだけ土地を切り取れるかということと類比して考えることができるでしょう。

 もちろん、センターというAKB内部での価値体系に基づいているという点で、これは自己完結型の価値体系の側面も持っています。ただ、それが票数という要素に基づいているという点で、拡大型の価値体系なんですよね(それが先行有利だというのは先述した通りです)。

  もっとも多くファンを抱えている子がもっとも権限を持つ。それは大前提です。ただ、それとは別の価値体系があってよい…とボクは思っています。総選挙のチーム戦というのはひとつの考え方ですが、それも結局、外部の要素に基づいているわけですよね。

 reward(報酬)はモチベーションに結びつきます。それを内部で完結できるようにすれば、どのような状況であってもモチベーションを高く保つことができます。

 スポーツの「優勝」というのはまさにそのようなものですよね。そのスポーツ内での価値体系に基づいてる。あるいは、高校球児がなぜ甲子園を目指すか。それは、そのこと自体に価値があるからでしょう。その価値体系の中に彼らは居るわけです。

  そして、選手/メンバーのみならず、ファン/サポーターもその価値体系には巻き込まれていきます。そうして全体の熱量が維持されるわけですよね。熱量が維持されていれば、国力を充実させることができます。

 だから、まず、なにが価値があることなのか…という体系=価値体系を作ってしまう。それも誰もが分かる明確な形でね。誰が見ても勝敗がはっきりと分かる形にする。つまり、数値化できるってことですけれど(そうじゃないとファンを巻き込んでいくことができませんから)。

 「じゃんけん大会」はそれに近いものがありますけれど、あれは運しかないですから努力しようがありません。モチベーションを維持するということにはあまり向いていない(同様に、「選抜」は、数値化され得ないので、やはりここで目指しているものとは異なります)。

 なにか一年間の努力が報われるようなreward(報酬)。その体系。48における勝利とはなにか…。ボクはいま、48が100年続くための大計は、この価値体系を生み出せるか…という一点にかかっていると思っています。
 
2021/2/17改訂