ただ目の前のキラキラを追いかけていた幼年期は終わりを迎え、少年には自意識が芽生え始めます。「Jポップ」を聞き始めたのもこの頃でしょうし、人と違うところを見せたくて、ビートルズなんかを聞き始めたのも同じ頃でしょう。
長かった昭和の時代は幕を閉じ、アイドルにも冬の時代が到来していました。90年代初頭、Jポップ・シーンでは、大事MANブラザーズバンドやKAN、チャゲ&飛鳥、米米CLUBなどか全盛期を迎えていました。数年前まで光GENJIを歌っていたボクらが、あの頃の登下校時に歌っていたのも、こうした歌だったのです。
(そう言えば、ボクらの世代…少なくともボクは、おニャン子が活動していた80年代後半には、むしろ光GENJIにハマっていて、おニャン子を通過していないんですよな。おニャン子ってのは、基本的には中学生以上の男の子がハマるアイドルで、小学生は男の子も女の子も含めて光GENJIだった気がします)
やがて中学に進み、思春期を迎えた少年たちは、女の子の話題…それもちょっとエッチな話題…に興じるようになります。ヌード写真集を出して有名だった宮沢りえさんが貴花田さんと婚約発表をしたのは、まさにこの頃でした。いまだ青っちょろかったボクらは、体育教師の話す宮沢さんの話題に釘付け…って、なにを話してたんだ(^_^;)
サッカー部で朝から夜までぶっ倒れるまで練習して(少し盛りました<(__)>)…そんな淡い時代。当時、ボクらの間で人気だったアイドルは何と言っても森高千里さん。あの、丈が短くて裾がフワンと広がったミニスカートが鮮烈でね。女の子に興味津々だったボクらのハートをバッチシと掴んだのでした。
やがて、ボクはのちに「中二病」と称されるようになるものにかかります。ボクの中二病は多少、他の人より重症でして…(^_^;) ま、そんなこんなで学校に行かなくなったボクは、深夜に暮らすことになります。
そうして出会った数々の番組がいまのボクを形成していると言っても良いかも知れません。たとえば、「ビートUK」の影響で、洋楽にドップリと浸かるようになったり…(blurにoasis、Crowded House…)。
「アジアNビート」では、司会だったテンガロンハットの変な兄ちゃんの話術に引き込まれ、アジアの歌姫フェイ・ウォンのMVにカルチャー・ショック(むしろ、まるでボクらの街と違わないというカルチャー・ショックかな)を受けたりもしました。
あの頃、職業アイドルのなかで好きだったのは、バラドルとして有名だった加藤紀子さんかな…
怖いものなんてなにもなかったあの頃、職業アイドルはボクの世界の片隅に追いやられていた…そんな気がします。
つづく