昨日のミューコミプラスに、ヨーロッパ企画の上田誠さんが出ていた。れなひょん×上田さんという、ボクにとっては夢のコラボ(笑)
(れなひょん、『昭和島ウォーカー』くらいは見たことあるかな…と思ってたのだけれど、良く考えたら、あれ事務所に入る=まぁと出会う前なんだね)
DJの吉田さんが、ヨーロッパ企画は「分かる人には分かるけれど、分からない人には絶対に分からない」って強調していて、「ああ…そうか…」って。ボクにとっては、上田さんの舞台って「分かるとか分からない」ってよりも、すごく自然なんだよね。
前にも書いたけれど、同世代で、見てきたもの、育ってきた文化が同じって感覚。それになんと言っても、ボクらはやっぱり「ゲーム世代」なんだってこと。
1.プログラムすること
かつて、『カルネージハート』というゲームがあった。ロボット兵器のソフトウェアをプログラムして、それで戦わせるゲーム。自分がロボットを操縦するのではなく、プログラムするってのが画期的だった。ボクがもっともハマったゲームのひとつだ。
上田さんが『カルネージハート』にハマったという話を聞いたことはないけれど、それもその筈。「ゲーム・プログラミングを趣味」にしていたという上田さんは、当時すでにゲームそのものをプログラムするようになっていたんだ。
まあ、やってることのレベルが違うとは言え、自分がプログラムしたものが動くのを見る、って楽しさは良く分かる。最初は動くだけで感動するんだ。そして、自分のイメージ通りに動かすにはどうすれば良いか試行錯誤する。やがてカチッとはまる瞬間があって…って、その過程自体がすごく楽しいんだよね。
上田さんの舞台は「ゲーム感覚」ということが良く言われるけれど、それって、この「プログラムする」という感覚がすごく反映されていると思う。ミューコミでも「(マリオの生みの親)宮本さんがヨーロッパ企画のファンだ」って話が出ていたけれど、それもやっぱりその辺の感覚に共通点があるんだろう。
ゲーム・プログラミングを趣味にしていた上田さんは、演劇と出会ったことで、人を動かす楽しさに気付いた。世界に設定を与えて、その中でキャラクターがどう動くかをプログラムする。やってることはゲームデザイナーと良く似ているのかも知れない。
まず、世界を作るってこと自体の楽しさがあるよね。舞台設定を考えて、そしてゴールとルールを与える。登場人物たちは、そのルールに従ってゴールを目指すわけだけれど、『建てましにつぐ建てましポルカ』では、そのルール自体が何度か変わって、最終的に…って、ああいうやり方はとても上田さんらしい。
そして、人は、コンピュータとは違って、予測できない動きを常にするわけで。プログラムのカチッとしたところと、人の融通性の、そのせめぎ合いみたいなものを、上田さんはすごく面白がってるんだろうな…って感じをすごく受ける。本人は「プログラムにバグがあっても、人なら何とかしてくれる」みたいに言っていたけれどね(* ̄艸 ̄)
2.見ること
ヨーロッパ企画のメイキング映像で印象的なのは、上田さんがひとり観客席に座ってじーっと舞台上を眺めているシーンだ。諏訪さんとか永野さんとか、仲間連中が舞台でワイワイやっている間に、上田さんはそれを「見ている」っていう。
プログラムして、動かして「見る」という、この「見る」という感覚ね。「見る」って感覚の比重の高さ。上田さんにとっての舞台は、やっぱりプレイする(演じる)ものではなく、(プログラムして、動かして)「見る」ものなんだろうなって感じ。
もちろん、舞台の演出/脚本家ってのは基本的にそういうものなんだろうけれど、あれ自体が上田さんの心象風景でもあるんじゃないかって気がボクはする。だからきっと、ヨーロッパ企画の舞台では、「見る」ということに二つの側面がある。
たとえば、『あんなに優しかったゴーレム』や名作『Windows5000』において、「見る」ってことは、なによりも「舞台を見る」ってことだ。上下に分割された舞台や、ところ狭しと組み立てられた部屋を「見る」。それは、上田さんが作ったプログラムが(その舞台の中で)動くのを「見ている」って感覚に近い。
それに対して、「見る」ということそれ自体が主題化されている作品がいくつかある。たとえば、『衛星都市へのサウダージ』のラストシーンや、『ボス・イン・ザ・スカイ』がそれに当たる。前者の作品群もボクは好きなんだけれど、ボクはこちらの作品群がよりいっそう好きだ。
『ボス・イン・ザ・スカイ』は上田さんが「高さ」というものにこだわっていた時期の作品だけれど、ボクにとって何と言っても印象的なのは、その距離の演出。主人公たちは塔のようなところで、ドラゴン退治の仕事をしているんだけれど、遠くの方で「野外フェス」をやっていて、その音が聞こえてくる。
遠くの方に微かに「見える」野外フェス。最初は「何だあれ?」とか言っているんだけれど、みんな段々とそっちの方に引き寄せられちゃう。でも、舞台そのものは動かなくて、観客席からは野外フェスが「見えない」から、観客はその距離をすごく意識するんだよね。遠くに置いてあるユートピアと近くにある日常との間の…ね。
(そして、主人公たちにとっての「日常」がドラゴン退治っていう非現実的なものになっているところに上田さん特有の転倒があるわけだけれど)。
あの感覚がボクはすごい好きで…というより、「ああ…やられた」と思った。少し前に書いた、「ボクが撮りたかったゴジラ」って、(上田さん特有の「転倒」を除けば)もうまさに『ボス・イン・ザ・スカイ』なんだよね。ボクがあれを考えていたのは金子監督のゴジラの頃(2001)だから、『ボス・イン・ザ・スカイ』(2009)を見る前だったのだけれど、上田さんにそれをやられちゃったから、「ああ…やられた」って。
ボクにはそれを実現する力はなかった。ボクは上田さんがうらやましいよ。
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