滝田映画あれこれ3(春夏秋冬) | 想像上のLand's berry

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言葉はデコヒーレンス(記事は公開後の一日程度 逐次改訂しますm(__)m)


滝田映画あれこれ3

滝田映画の夏
 滝田作品で印象的なのは、なんと言っても夏です。背景が白く飛ぶほど明るく、かつ輪郭が滲むようなソフトな描写は「陽炎」を連想させます。そうして映しだされた、夏の強い陽射し、汗が滲む白いシャツ、背後に佇む緑の山…それが滝田監督の心象風景だとボクには思えます。

 『コミック雑誌なんかいらない!』『僕らはみんな生きている』『熱帯楽園倶楽部』『秘密』『釣りキチ三平』…夏の描写が印象的な滝田映画はいくつもありますが、中でもそれが典型的に現れていたのが『バッテリー』でした。

 子供たちの粗削りな演技が良くも悪くも硬さを生んでいる映画ですけれど、ピッチャーマウンドを引きで撮った画が良いんですよね。『タッチ』のクライマックス(vs須見工)みたいでね(向日葵のシーンも良い)。しかも、林遣都くんのアップがこれまた良い。滝田監督は、(女性もさることながらですが)男性を撮るのが上手いんですよね。

 (時代劇も得意としているので、藤沢周平作品を撮って欲しいなと。『蝉しぐれ』なんか絶対に滝田的な画と合うと思うんだけどね。まあ、10年くらい前に映画化されたばかりだけど(^_^;))

滝田映画の冬
 夏…というのは生命が燃え盛る季節です。そして、陽炎のような滝田描写には、その生命がもつ儚さがすでに内包されています。あの(滝田映画を象徴する)山の緑はまた、燃え盛る薪となり、人を火葬するものでもあるわけです。

 それ―死―が前面に現れてくるのが、滝田映画の冬になります。

 冬が典型的に表れているのは、『おくりびと』…ではなく、むしろ『壬生義士伝』なのではないかと。『壬生義士伝』のオープニングは、真夏の陽光とは正反対の、雪降る夜から始まります。そして、「彼」が死去する場面もまた、雪降る夜なのです。

 こうした文脈で見ていくと、『おくりびと』はむしろ、春夏秋冬、巡り巡る季節の映画です。あるいは輪廻と言っても良いかも知れません(笹野高史さんは「また、あおうの」と言って「旅人」を見送ります)。去りゆく生命、生まれ来る生命、その連環の中にこの映画はあります。

 アカデミーの審査員たちが(ボクのオールタイムベストのひとつでもある)Four Weddings and a Funeral『フォーウェディング』のようにこの映画を見たことは想像に難くありません。あれもまた、4つの結婚式(Four Weddings)と1つの葬式(a Funeral)を通じて、人生をコメディタッチで切り取った映画でした。

 「おくりびと」の優しく洗練された所作、完成度の高いプロット、素晴らしい幾つかのショット。この映画はたしかに美しい映画です。

 しかしそれと同時に、この映画はまた、とても日本的な巡り巡る季節の映画、滝田映画の夏と冬とを結びつけた、その集大成とも言える映画でありました。

 正直、泣かされてしまったな…まあ、ボクは『思い出のマーニー』でも泣かされてしまった人だけれど…ね(^_^;)←涙腺弱い