パークランド──ケネディ暗殺、真実の4日間(5.0) | 想像上のLand's berry

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言葉はデコヒーレンス(記事は公開後の一日程度 逐次改訂しますm(__)m)

 
『パークランド──ケネディ暗殺、真実の4日間』
PARKLAND
 
2013年アメリカ、93分。
 
監督:ピーター・ランデズマン
 
主演:ジェームズ・バッジ・デール
 
概要
 世界中に衝撃を与えたジョン・F・ケネディ大統領暗殺事件直後の人間模様を描く群像劇。大統領が搬送された病院の医師やシークレットサービス、銃撃の瞬間を偶然撮影した一般市民など、さまざまな形で事件に遭遇した人々の視点で真実に迫る。名優トム・ハンクスと『羊たちの沈黙』『マンマ・ミーア!』などに携ってきたゲイリー・ゴーツマンが製作を務める。キャストにはザック・エフロン、ビリー・ボブ・ソーントン、ジャッキー・ウィーヴァー、ポール・ジアマッティら実力派が集結。(シネマトゥデイより)
 
感想
 JFK暗殺。何度も何度も繰り返し見てきた場面。ノンフィクションで、フィクションで、コメディで、史劇で、実際の映像で、再現された映像で、CGで…JFKに焦点を合わせたものや、オズワルドに焦点を合わせたもの。群像劇や、犯人を探るようなもの、事件を検証するようなもの。その場面、前後の文脈、その背景。
 
 なぜ、この事件がそれほど人を惹きつけるのだろうか。それは、ひとつには、それがいまだに完全には解明されていないからであり、またそれが映像に残っているからだということもあるだろう。そして、もっとも大きな理由は、もちろん、それが世界最高権力者である現役米大統領の暗殺という出来事だったからだ。
 
 この映画を評して、「50年目にして明らかになる真実」という宣伝文句が謳われていた。「映画で真実が分かりゃ苦労しないよ」、ボクは、そうした評を斜めに見ていた。実際、そうした評とは無縁だ。記号的な「大統領暗殺」は、この映画にはほとんど関係ない。
 
 ここにあるのは、人の死の重みというもの。その事件がひとびとの心に与えた重みだ。
 
 暗殺というゼロ・ポイントに焦点を合わせるのではなく、その後の何十時間かを丹念に見せていく。暗殺現場をカメラに収めてしまったザプルーダー、歴史上はじめて目の前で警護対象を死なせてしまったシークレットサービス、弟の名前が暗殺者として報道されたボブ・オズワルド。
 
 情動的なカメラワーク、切り替えの激しい編集。息づまるような展開。これはなにか心の重くなる映画だ。人の死の重みをズシンと感じる。ケネディ大統領の死を、「大統領暗殺」という記号的な出来事でなく、ひとりの人間の死として真摯に向き合って描こうとしているのが伝わってくる。
 
 上映後、この映画が決して暗殺のゼロ・ポイントを映さなかったことに気付いて、心が震えた。人間の尊厳に対するその姿勢。
 
 もっとも印象的なのは、棺桶を運ぶ場面だ。その重み。棺桶+人間ひとり分の重み。その重みは、現役大統領であったケネディと、数日後に同じ病院に担ぎ込まれたオズワルドの間でなにか違いがあるのだろうか。その答えは簡単には出るものじゃない。
 
 当人たちを描かずに、その周囲の人間たちを描くことで伝わる、それぞれの抱えたその重み。多くの人の心を重くさせたJFKの死。対照的にオズワルドの死に対しては、妙に乾き切った感情が心をよぎっていく。
 
 それでも、ボブ・オズワルドや彼を手伝った人々が抱えた棺桶の重みは、やはり(棺桶+)人間ひとり分の重みだったのだ。この映画は確かに、ひとつの「真実」を明らかにしていた。
 
☆☆☆☆☆(5.0)