適切さ(コロンビア戦)
1ー4、結果から言えば完敗です。でも、それほどの力の差はあったのか…相手は8人代えていたとは言え、ポゼッションも出来ていましたし、コーナーの数もシュートの本数も互角以上だった。
だけど、これが結果です。ボクはそれが全てだと思う。日本はサッカーというものを舐めてんじゃないのか、そう感じられるほど甘っちょろすぎたのです。
今日の第一試合、イタリア対ウルグアイで、とある解説者が「フォワードも守備をするのが世界基準」と言っていました。ボクはそうした発言には呆れてしまいます。
たしかに、そういう戦術を取るチームはありますし、守備のできるフォワードというのは、それはそれでひとつの価値です。でも、それが全てじゃない。
サッカーは相手より1点でも多く決めなければならないスポーツです。すべてのプレーは、そこから逆算して考えなければいけない。守備するフォワードは、そのひとつのオプションに過ぎません。
すべては状況次第なんですよ。(逆算して考えて)その場その場にふさわしい適切なプレーをすること。それが本来、プレーヤーが為すべきことです。戦術ってのはその手段に過ぎません(戦術ややりたいサッカーがそれ自体目的になってしまってはイカンのです)。
この「適切さ」というのが日本には決定的に欠けていました。あんなところであんな守備しちゃイカンのですよ。ああいう状況でああいう形でボールを失っちゃイカンのですよ。
一点目を失った今野のスライディングはまったく愚かでしたし、2点目を失った時にもその直前には長谷部がボールホルダーに対してまったく寄せられていませんでした。岡崎や本田は中盤で難しい選択をし、ボールを奪われゴールまで奪われました。彼らは、それが「適切なプレー」かどうかを判断する力にまったく欠けていました。
あるいは、この試合の解説者は「シュートで終わろう」と言っていました。これも日本サッカー界ではよく使われる常套句です。とにかくシュートで終われば、プレーが切れて守備体制を整えることが出来ますからね。コロンビアのカウンターは切れ味がありましたし、一見、ロジカルな発言に思えます。
でもですね…負けてたんですよ。欲しいのはシュートじゃない、ゴールなんです。もちろん、ゴールを奪うためにはシュートを撃たなければならない、そういう意味もあるでしょう。それだったら、「ゴールで終わろう」と言えば良いのに「シュートで終わろう」と言ってしまう。それはそれが単なる常套句だからに過ぎません。
ボクはこれは日本サッカーに巣食っている病だと思う。本来、目的はゴールだけなのに、余計なことに気を取られてしまう。優先順位があべこべになっているんです。本人すら気づかない間にね。
今回のW杯日本代表でボクがずっと気になっていたのは、ペナの中に(あるいはペナの中で)仕掛けないということです。ゴール前に行くと、みんななぜか無難なプレーを選択する。単純にクロスを上げたり、あまり可能性の感じられないシュートを撃ちに行ったりする。そして、ことごとく跳ね返されてしまう。
そのくせ、(シンプルにプレーすれば良いのに)中盤で難しいプレーを選択し、ボールを奪われ、そしてゴールまで奪われる。相手の裏をかかなければいけない筈だったゴール前ではシンプルにプレーし、シンプルにプレーしなければいけない筈だった中盤では難しいプレーを選択した。日本代表は、「適切なプレー」の判断というものがまるで欠けていました。
いっつも言われていることです。「日本は教え過ぎなんだ」と。こういうサッカーは良いサッカー、こういうサッカーは悪いサッカー、守備するフォワードは良いフォワード、たとえゴールを決めても自己中のプレーは悪いプレー。そんなことばかりが大手を振ってまかり通る。
だけど、その場その場でふさわしいプレーなんて、その時々で千差万別なんだから、「こうしなさい」って教えることなんて出来ないんですよ。その状況で何が適切かプレーヤー自身が判断する力を養うしかないんです。
相手の10番、ハメス・ロドリゲスが入ってきた時、このゲームは決まっていたのかも知れません。それくらい、彼は圧倒的だった。その視野、判断力、パスの質、ドリブルのキレ。彼はまさしくファンタジーアを持った選手でした。
日本代表の香川や本田もそれなりの選手です。マンチェスターUやミランに所属している選手というのは、それだけで価値がありますからね。だけど、少なくともこの試合に限って言えば、2人が試合全体に及ばす支配力は、2人合わせてもあの10番の足元にも及びませんでした。
彼らが「チャレンジしない」というのは、彼らの所属クラブでも散々に指摘されてきたことです(あえてね?)。それでも、必ずしも悪いことばかりではありません。海外の選手はエゴイストが多いですから、ああいうタイプの選手は逆に重宝されるということもあるのです(ファギーが香川に期待していたのは、まさにその部分でしょう)。
だけど、それが11人揃ってしまったらどうなりますか。誰も仕掛けやしない。誰もチャレンジしない。サイドをえぐったら取り合えずクロスを上げる。それじゃあゴールなんて奪えませんよ。
(少なくとも負けている時の)攻撃の目的はクロスじゃない、パスをつなぐことでもない。裏を取ることですらない。ゴールだけなんです。そのゴールという目的から逆算して、その場にふさわしいプレーを選択すること。それだけが大切なことであって、その他のことは瑣末なことに過ぎません。
相手より一点でも多く奪う、サッカーというゲームにおいて、答えはただそのひとつだけです。しかし、その答え方は無限にあります。無茶や無謀に見えることが、結果として正解ってこともある。一見、ロジカルに見えることが、実はまったく見当違いなことだってある。
教科書的なサッカーからは良い加減に卒業すべきです。