『偶像のかなた37』
指原莉乃
(HKT48/チームH/総選挙2位)
「witness」
1.
さっしーの魅力をどう語るか…これは難しい問題です。
たとえば、豊臣秀吉のようなもんだと言えるかも知れない。相手の懐に飛び込むのが上手くて、「人たらし」の天才だった秀吉。伊達政宗に対峙した時のように、相手にすべてを預けてしまって、それで逆に自分の側に取り込んでしまう…。
総選挙で躍進を遂げてきたさっしーは、また「立志伝中の人物」という神秘をその身にまとってもいます。それもまた秀吉を彷彿とさせるところかも知れません。あるいは、大分から上京し、また博多に…という意味では、非藤原系から台頭し、太宰府に飛ばされた菅原道真を連想する人もいるかも知れません。
かつて「ヘタレ」と呼ばれた「さしこのくせに」、トップアイドルたちを軒並み倒していく姿は痛快そのものだったでしょうし、博多に移籍したあとHKTを何とかしようとする姿には心を打たれたでしょう。指ヲタがそうしたさっしーの「物語性」に共鳴している…と考えることも出来るかも知れません。
でも、それだと客観的な説明にはなり得ても、ボク自身がなぜさっしーが好きなのか…という説明にはならないでしょう。
やっぱり段階を追って言うしかないんですよね…
6年くらい前かな…「+10アイドル」とか自分を呼ぶくらいに頼っていた『+10』というCSの番組が終わってしまったこと(いま思えば、あの頃からさっしーはもうメディア・アイドルとしての素質を発揮してたんですよね)
5年くらい前、『週刊AKB』でバンジーを飛べなくて、それで再チャレンジして、今回は飛ぶだろうと誰もが思っていたのに、やっぱり飛べなくて「ヘタレ」というキャラが定着したこと…。
人気も知名度も、まだ遥かに格上だった筈のこじはるが、当時から妙にさっしーをライバル視していて、「さっしーだけには負けたくない」と言っていたこと。『有吉AKB共和国』の「指原PRIDE」で、こじはると毎回のようにしょうもない対決をしていたこと。
地上波に冠番組を持ったこと。それが2クールで終わってしまったこと。『いいとも』に抜擢されたこと。総選挙で躍進を続けたこと。27位(2009/7)、19位(2010/6)、9位(2011/6)、4位(2012/6)。…博多移籍。
『HaKaTa百貨店』で、自らはサポート役に回り、メンバーを引き立たせようとしていたこと。2013/6、まさかの総選挙1位。なにも出来ない「普通の子」が駆け上がっていくという、いかにも48的な物語だった筈なのに、いつのまにかメディアの寵児になっていたこと…。
さっしーは、その時その時で、いつもその場その状況に自然とadopt(適応)していきました。どんな場所も自分の居間のようにしてしまうさっしー。あんなに弱いのに、あんなに強い。
2.
そんな中で、ボクは何を見ていたか…
さっしーの魅力は言葉にするのが難しいです。あるいは、それこそがもしかしたら最大の求心力になっているのかも知れないですけどね。あんなにヘタレなのに、あんなに叩かれているのに、自分だけは彼女の良さを分かってあげられる…という。
4年前(2010年3月)、ボク自身こう書いています。「勇気とかポテンシャリティとかタレント性とか、光はそんなものにだけ宿るんじゃない」。じゃあ、その「良さ」っていったい何だろう。その「光」っていったい何だろう。あの頃、ボクはいったい何を見ていたのだろう…。
あの時、ボクは「たまに見せる切なげな表情が好き」(時系列を考えると、かなり意味深長ではあるのですが)と言っているんですが、その後(2010年10月)の記事では、「あの哀しげな目」と言い換えているんですよね。
ボクはずっと、あの「目」に惹かれていました。
ボクがさっしーをもっとも好きだった2010年頃…チームBからチームAに移籍した頃…あの頃、たとえば、『Choose Me!』(48のPVの中でボクがもっとも好きなもののひとつ)とか、A6の『炎上路線』とか、『目撃者』でボクが見ていたものはさっしーの目でした。
巷では「ブ〇」と言われる時があるさっしー。まあ自分でもそう言いますしね。でも、ボクは実はそう思っていなくて…(ボクはさっしー美人説なんです(* ̄艸 ̄))
さっしーがそう見えるとすれば、それは普段の表情の作り方によるところが多いと思うんです(さっしーっていかにも小憎らしい表情するじゃないですか笑)。普段の表情ってのはその人の印象を決めるものなので、さっしーの印象もそうなりがちだと思うのですが…。
能ある鷹は何とやら…でも、あの目だけはどうしても隠せない。あの目なんですよ。あの目(最初の記事で、ボクが「たまに見せる切なげな表情」って言っているのも、たぶんあの目から受け取っている印象なんですよね…目の表情と言うべきなのかな)。
さっしーは瞳の黒が深いんですよね。それだけでも引き込まれるのですが、なんて言うのかな…「あの哀しげな目」って言うと、こういかにも情感的なものを連想させますが、もっとこう…
たとえば、他の子だと曲中で目が泳いだりするものなんですが、さっしーって(ほとんど)目が泳がないんですよね。かなしい曲でも、他の子だったら「悲しいという情感」を入れたりするんだけど、さっしーの場合、なにか感情そのものをどこかへ置いてきてしまったような…それ自体に哀しさがあるような目をする。
特に、いま見返してみても『目撃者』でのさっしーの表現はすごい…とボクは思います。 あっちゃんのすごいカッコよさとは、また「すごい」のベクトルが違うんですよね。
ボクはカラヴァッジョの絵を評する時に、「底知れぬ空っぽさを感じる」と言うのですが…その感覚に近いかも知れません。瞬間、まるで感情の感じられないような目をする時がある。その底知れぬ感じ…ボクは「どこかに光はないか」と、より深く深くへと引き込まれていく。そして、曲が終わると、あの目に、やおら生気が戻ってくる。
逆にMCやバラエティや明るい曲などでは、そうした生気に満ちた目をするんですが、それでも時々、ああした目を見せることがありますよね。そうしたギャップというのかな…あの明るさとかヘタレとか…ことによると品の無さとか…そうしたものとは何かかけ離れた、あの目なんですよ。あの目…。
『目撃者』のさっしーを何度も見たあとで、『ずっとずっと』(48でボクがいちばん好きな曲)で不器用に微笑むさっしーを見ると、ボクはなんだか(今でも)泣きたいような気分になるんですよね。それってたぶん条件付けで…。
A6公演のオープニングを飾るのが『目撃者』で、ラストが(『目撃者』と対になるような)『Pioneer』なんですが、これはエピローグみたいなもんだと考えると、物語の「ラストシーン」と呼べるのは、むしろ最後から2番目の『ずっとずっと』なんですよね。
それがボクがあの頃ずっと見ていたもので…なんて言うのかな…こうやって『目撃者』と、『ずっとずっと』を並べて見ると、ボクがあの頃なにを見ていたのか…ボクがなぜいまでも『ずっとずっと』を48でいちばん好きと言うのか…少しだけ分かる気がするんです。