総選挙エピソード2「さっしー&まゆゆ」 | 想像上のLand's berry

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言葉はデコヒーレンス(記事は公開後の一日程度 逐次改訂しますm(__)m)


ボクは予言しても良い。まゆゆがこの物語に乗るならば、来年はまゆゆが勝つ。ボクらが勝たせる。



1.麻友
 一年前、ボクがそう「予言」した通り、めでたく(?)、麻友の勝利で幕を閉じた総選挙。とは言え、ボクは「それ見たことか」みたいには思えんのです…って、そう書いている時点で言っちゃってるようなもんですけど(^_^;)

麻友が勝たなかったらボクも今年流行の「嘘つき」の仲間入りをしてしまうところだった…アブナイアブナイ…と言うわけで今年はもう「予言」しません-笑)

 麻友の勝利というのは、少なくともボクにとっては次の意味がありました。

 まず、前提として、近頃のAKB48グループはメディア偏重の傾向があったということ。圧倒的な「メディア力」を持つさっしーは、その象徴でもあったのです(ここでボクが言っている「メディア」とは、TVや新聞、雑誌などのいわゆる「マスメディア」を指しています)。

 しかし、以前にも書いたように(12)、そうしたメディア偏重の姿勢はボクには疑問を抱かせるものでした。

 第一に、メディアは信用できない。勢いがある内はもてはやすけれど、一旦、窮地に陥れば一斉に手のひらを翻すのです(実際、あの事件の際に、一部メディアはその本性を現しました)。そもそも、そういうメディアに頼らずに劇場を中心にやって行こうというのが、48の原点だった筈ではないですか…ということ。

 第二に、これは「外部」と「内部」という話にも通じています。メディアの向こうに居るのは、その多くが一般の人(非ヲタ=外部)です。今回の総選挙では瞬間最高視聴率で30%近い数字を叩き出しましたが、その内でヲタ、あるいはファンと呼べる存在は、おそらく1/10にも遥かに満たない数だったのではないでしょうか(30%の1/10=約400万人もヲタが居る筈ないですからね)。

 したがって、48がメディア偏重になるということは、48がメディアの論理に呑み込まれるということと同時に、48の内部に「一般の感覚」が流入してくるということに他なりません。たとえば、典型的な例として挙げられるであろう「恋愛禁止」は、ヲタからしてみたら当たり前の話でも、一般の感覚からすれば理解し難いもかも知れない。

 これは、麻友さっしーの対立軸を語る上で象徴的に扱われてきた問題ですが、別にその問題に留まらずとも、48の論理とメディアの論理、ヲタの感覚と一般の感覚が時としてすれ違うというのは、ボクがこれまでに何度も経験してきたものです。

 ですから、今回の総選挙では、麻友に象徴されていた「48の論理/ヲタの感覚」と、さっしーに象徴されていた「メディアの論理/一般の感覚」との対立軸があるとボクは見ていたわけです。

 そして、ここでアイドルの「王道」を歩んできた麻友を勝たせるというのは、ボクにとっては次のようなハッキリしたメッセージを持っていました。

 それは、「48は48の論理(身内の論理)でやっていくんだ」…ということ。それは「メディアの論理や一般の感覚が48に介入してくるのを食い止めたいんだ」って意思表示に他ならなかったのです。それはまた、メディア閥から主導権を取り戻そうとした点において、AKB共和主義者の戦いでもありました。

 これは基本的にボク個人の考えに過ぎません。

 しかし48を取り巻く多くの人が(意識的にせよ無意識にせよ)これと似たような対立軸を捉えていたのではないでしょうか。麻友が勝った時に、「これでやっとアイドルグループに戻れる」と冗談混じりに語った優子や、あの会場で巻き起こった「まゆゆコール」も、そうした文脈で語ることが可能だとボクには思えます。

 こう書いてくると、いま話題になっている「中国票はどうなんだ」って議論が出てくると思いますが、第一に、それはさっしーにも入っています。第二に、別に「どこ票」だろうが一票は一票です(それをとかく言いたがるのはただの差別に過ぎません)。

 それに中国のファンの場合、日本のファンよりもメディアを経由せずに(たとえばDMMやぐぐたすなどで)48に触れている筈なので、彼らがもっとも麻友を支持したとすれば、それは今回の総選挙の結果が「メディアの論理を(意識的にであれ無意識にであれ)否定するものだった」というボクの議論を補強するものでこそあれ、崩すものにはなり得ません。

 この選挙の結果を受けて、マツコさんが「(麻友は)指原のようにテレビを効果的に利用することができるのか」と疑問を呈しているらしいですが、ボクからしてみれば、それこそが「メディアの論理」に他ならないのです。ボクらは(少なくともボクは)それを否定したかったのだ…ということを、まず理解してもらわなければお話になりません。

 振り返ってみれば、あっちゃんなんてまるでバラエティ力なかった(と言うよりバラエティ嫌いだった)わけで、それでもあの頃のAKBが1番勢いがあったわけで、別にセンターがバラエティ班である必要はどこにもないわけです(それはマツコさんも分かっているみたいですけどね)。

 あるいは、スポーツ新聞や週刊誌の記者からすると、(ネタが豊富なさっしーとは違い)麻友じゃ紙面を作れないと感じるかも知れませんが、ウン…別にボク(ら)はそれで良いわけなんですよね。ボクらはボクらの文脈で楽しんでいれば良いわけで、外の話題になんてならなくたって一向に構わないわけです。

 これって、一見、上昇志向がない発言のように見えるかも知れませんが、そうではなく、内の論理でやっていくことによって、それに共鳴する人を内部に取り込んでしまおうというれっきとした戦略なんです。

 あるいは、国際政治にたとえれば孤立主義(モンロー主義)とでも言えるのかな。外に出て行ったって消耗するだけなんだから、内に閉じこもって力を蓄える。そうして、内部が豊かになれば、自然と移民も流入してきて、より強大な国家になる。そういう戦略です。

 まあ、これはグループの戦略としてボクがそれが良いと思っているだけで、個人個人が(AKBメンバーとして、あるいは卒業したあとで)外に出て行って戦おうとすることを否定するわけじゃまったくありません。


2.さっしー
 さて、グループと個人という話が出て来たところで、さっしーの話です。

 さっしーは泣いてましたね。彼女が泣く姿を意外に感じた人も居たみたいですが…ボクは少しだけ彼女の気持ちが分かる気がするんです。前から言っているように、ボクはさっしー大好きだった(し、今でも結構好きな)んでね…。

 たぶん、さっしーは1位だってことが、いつのまにか自分のアイデンティティになっていたんですよね。苦しいことも辛いこともたくさんある。嫌なことも沢山言われる。でも1位だから、みんなに支持されていることが分かるから、どんなことでも耐えられる。昨年、よしりんに冗談みたいに「1位は1位なんですいません」と言っていましたが、あれやっぱりどこか本音なんだと思います。

 それが今年、あの瞬間、崩れてしまった。じつはさっしーって、これまで上がる一方で順位を落としたことってなかったんですよね(27位→19位→9位→4位→1位)。だから今回、自分が、いや自分の全存在が否定されたように感じてしまったのかも知れない。

 でも、ボクら…少なくともボク…が否定しようとしたものは、さっしーが立てた(とボクらが思った)看板、さっしーが象徴していたもの(メディアの論理、一般の感覚)であって、別にさっしーそのものではないんですよね。

 さっしー個人がそれでやっていっても、全然構わないわけですよ。だけど、1位ってのは、まったく別の意味を持っていて、1位争いってのは、個人の争いというよりも、グループの政策を決定づけるものだと見なされる側面があるんですよね。

 不幸だと思うのは、ボクらはさっしーの立てた看板…言い換えればグループの「政策」…を倒したくて行動していたに過ぎないのだけれど、さっしー自身は、1位であることを自分自身のアイデンティティとしてしまっていた…ということかな。だから、実際は看板が倒されたに過ぎないのに、自分自身が否定されたように感じてしまった。

 今回の選挙では、この一年間の各チームのトップが軒並み票を下げていることが話題になっていましたが(たしか、票を伸ばしたのが、HKTの穴井キャップとNMBのさや姉だけだったのかな)…グループ/チームのトップであることって、その一員であることとはまったく違う難しさがあるんですよね。

 周囲でワイワイやっていた頃なら…あるいは野党にいた頃ならと言っても良いですが…、ある程度好き勝手にやって自由に発言しても、それは個性と捉えられる。でも、(にししが言っていたように)トップに立ってしまうと、それがグループそのものの意志と見なされてしまう。

 だからこそ怖いわけで。あっちゃんの「私のことは嫌いでもAKBのことは嫌いにならないでください」って、まさにそういうことですよね。


3.
 だからボクとしても、麻友が1位になったと単純に喜んでばかりも居られなくて。たかみなは「通信簿」と言っていましたが、満点もらって「それで良かった、ハイ終わり」ではないんですよね。

 実際は、麻友には今後一年間の「政権」を担当する権利が与えられたに過ぎなくて、これから「AKB48グループは私が守ります」という「公約」を果たさなければならないわけです。そのためにどう政権の舵取りを行っていくか、それを周りのメンバーがどうサポートしていくか。

 長く続いた「敦優時代」は幕を下ろし、「メディア閥」に期待されたさっしー政権もまたその座を譲りました。こうして「アイドルの常道」に立ち返った*48を、麻友政権を、ボクらAKB共和主義者はどのように守っていくんだ、支えていくんだ…というのもまた問われているのでしょう。

*この表現はなんか引っ掛かるかも知れんですが、単に大正政治になぞらえているだけなので、あしからず<(__)>