【成熟社会】
量的拡大のみを追求する経済成長が終息に向かう中で,精神的豊かさや生活の質の向上を重視する,平和で自由な社会。『大辞林』
成熟時代のSKE(その3)
右肩上がりを続けていたCD売り上げも頭打ちになり、ずっと目標に掲げてきた単独紅白/ナゴドもすでに通り過ぎました。メンバーの価値観も多様化し、卒業も相次いでいます。高度成長期は過ぎ去り、いまやSKEは成熟期に入ったのです。
さて、そうした状況において、SKEはどうすべきでしょうか。
まず言えることは、成熟期に入ったとは言え、局所的には高度成長期のような状態(熱狂的な状態)が現出することはあり得るということでしょう。
たとえば、研究生公演「制服の芽」がそのような熱気を持っていました。研究生の場合は「昇格」という分かりやすい目標があるので、そうした力を生みやすいのですよね。しかしながら、それは、ドラフト制度と大組閣によって粉々に打ち砕かれてしまいました。
あるいは、去年前半のチームEを取り巻く状況もそのような熱狂状態でした。「とにかく総選挙で圏内に入る」という目標に向かって、ファンもメンバーも一致して突き進んでいたのです。そしてそれは、おそるべき力を発揮しました。
これはparticipate(参加)の感覚と関係しているでしょう。自分の一票が、自らの行動が何かを変えられるという「参加の感覚」が、非常なエネルギーを生み出したのです。
しかし、ここでもまた、その熱気は第一には組閣(チーム解散による瞬間的な熱量もそこにはありましたが)によって、第二には総選挙と直後のSKE選抜を切り離したことで奪われてしまいました。
「選抜に誰が入るべきだ/入るべきでない」とは言いません。ただ、ファンの意志が無視されてしまったことは確かです(ボクは運営選抜を否定したいわけではありません。それはあっても構わないけれど、少なくとも選挙後の1回は「ファン選抜」にすべきだと言っているのです。「あれはAKBの選挙だから」という建前論は心情という観点に対しては何の意味も持ちません)。
実際の選挙のアンケートで、「なぜ投票に行かないのか?」と聞くと、「誰に入れても同じ」「投票しても何も変わらない」という答えがとても多くなります。人は、その一票によって、「何かが変わる」と信じるから投票します。自らの行動によって「何かが変わる」と信じるから行動するのです。それが信じられないのならば、投票所に行くこともありませんし、なにかしら行動を起こすこともありません。
運営は、自らの権限を誇示するかのように振る舞いました。総選挙後の扱い、ファンの反対にも関わらず強行されたドラフト、大組閣。そして、幾度となくスルーされるスキャンダル。何度も何度もシカトされたボクらは、とうとうそっぽを向き始めてしまったのです。もはやボクらが何をしても何を言っても何も変わらない。「参加の感覚」が生み出していた膨大な熱気は、こうして奪われてしまいました。
SKEの場合はなおさらです。なぜなら、支店で唯一、総選挙圏内に16人以上を送り込みながら、選抜にそれが反映されなかったからですし(NMB/HKTの圏内メンバーは全員選抜に入れた)、また(AKB新聞のアンケート調査によれば)もっとも強固に大組閣に反対していたにも関わらず、それが強行されてしまったからです。ファンを無視し続ければ、ファンがそっぽを向いてしまう。とても単純な理屈です。
「どうせ君らが作ったもんだ。君らが壊そうが何しようが君らの勝手だ」。今では、どこかでそう思えてしまう自分がいます。その時点で一歩引いてしまっている。それはつまり、もはや「我が軍」だとは思えていないってことに他なりません。これでは熱も生まれません。だって他人事なのですから。
ここでの簡単な「対症療法」は、選抜総選挙を支店CD選抜の選挙も兼ねてしまうということです。投票券(これは共通のもので良い筈です)を、この春に発売された各支店CDに封入しておけば、売り上げも確保できて一石二鳥だったですけどね。まあ、これはあくまでも「対症療法」に過ぎません。
選挙で生じるような「自発的な熱量」を上手く生かすにはどうすべきでしょうか。今の日本でも「小さな政府」という議論が進んでいますが、社会が成熟期を迎えると、すべてをコントロールすることは難しくなります。官僚組織は肥大化する一方で、ムダなところも一杯でてくる。中央で全部決めても、それにそぐわない場面が山ほど出てくるわけです。そうした時、「民間に任せられるものは任せてしまおう」というのが、「小さな政府」という考え方です。
【小さな政府】
政府の経済政策・社会政策の規模を小さくし、市場への介入を最小限にし、市場原理に基づく自由な競争によって経済成長を促進させようとする考え方。規制を緩和し、民間の活力を引き出すことで経済社会の発展を目指すが、その一方で、個人の自己責任が厳しく問われるようになり、格差が生じやすくなる。税や社会保障費など国民負担率は低く抑えられるが、「低負担低福祉」となる傾向がある。⇔大きな政府。(コトバンク)
現在の運営も現代日本と同じ病にかかっているように見えます。「自己責任」とか言う割りには、実際のところはいまだに大きな政府志向でやっているように見えるのです。組織は巨大化して、すべてをコントロールするのは不可能になっているのに、ドラフトやら大組閣やらトップダウンですべてを決めようとする。現場では、それにそぐわない場面も山ほど出ています。それが熱量を奪っている。
そうじゃなく、もっと下からの自発的な熱量を生かすべきなんですよ。たしかに、上から押し付けることで生まれる下からの反発力というのもあります。そのせめぎ合い(AKBで言ったら、運営推しと総選挙)こそが熱量を生むという考え方もあるでしょう。でも今は、押し付ける力が強くなり過ぎて、反発力をも奪ってしまうような状態になっているのです。
じつのところ、こうした問題は、最前線にいるメンバーの方が危機感を持っているように感じる時もあります。ファンの意見を聞こうとする姿勢はまさにそのようなものですし(実際にすべての意見を聞けるわけではもちろんないけれど、聞こうとする姿勢自体がメッセージになるんですよね)、最近では「タブー」にも(ネタ的にですが)触れるようになりました。
あれは賛否両論あると思いますが、ボクは歓迎です。以前、「ファン間の話題と、運営やメンバーが表に出す話題はすれ違い、いまやいくつものタブーが生じています。議論することさえ許されない。こうしてボクらの間は千切れてしまいました」と書いたんですが、そうやってタブーにしてしまうよりは、今みたいにネタにしてくれた方がずっと良い。
それに、スルーされてしまうと、それがメンバーの中でどういう処理になっているのか分かりませんから。ヘタすると「あんなの全然良いじゃん」って扱いになっている可能性だってある。そうじゃないんだって分かっただけ良かったですよ。