【成熟社会】
量的拡大のみを追求する経済成長が終息に向かう中で,精神的豊かさや生活の質の向上を重視する,平和で自由な社会。『大辞林』
「成熟時代のSKE(その1)」
6月に行われる選抜総選挙の立候補受け付けが締め切られました。
結局、立候補しない子もやっぱり何人かいました。もちろん、それぞれに理由はあるでしょうが、「選挙だけが頑張る道じゃない」ってところは共通しているようです。そんな彼女たちの言葉を聴きながら、ボクは「成熟社会」という言葉を思い浮かべました。ああ…SKEは成熟社会になったのだなと。
たとえば、高度経済成長の時代。それは「新・三種の神器」と呼ばれるカラーテレビ、クーラー、自動車を誰もが追い求める時代でした。しかし、安定成長期~バブル期を経て、社会が成熟状態に入ると、なにかそのような統一したインセンティブ(誘因)は機能しなくなります。
1990年代以後、すなわち冷戦後になると、様々な新三種の神器が三度マスコミ主導で提案されているが、浸透には到っていない(Wikipedia)
価値観は多様になり、皆が同じものを求めるではなく、それぞれの価値観に従って、それぞれに欲しいものを見出していくのです。AKBはそうした時代の流れに沿って出てきたアイドルでした。かつてのような、全国民すべてにとってのアイドルではなく、それぞれの好みに応じて様々なタイプの子がいる、それがAKBの特徴です。
しかし、一方で、その内部では、ある程度において統一したインセンティブが機能していました。たとえば「AKBのセンター(あるいは選抜)になる」ってインセンティブがそれです。そして、総選挙はまさにその場になります。AKBは価値観の多様化という時代の流れに乗って出てきたのですが、その内部は高度成長期のような、みなが同じものを目指す状態に(ある程度)あったわけです。それはSKEにおいても同じでしょう。
しかし、いまやそうではない。立候補したメンバーの中にも、迷っていた子が何人もいました。ボクはそのこと自体を批判するつもりはまったくありません。色んな道があって良い筈だと思います。(単純にCD売り上げだけを見ても、右肩上がりだった時代=高度成長期は過ぎ去りましたし)SKEは成熟期を迎え、その価値観も多様化し始めているのです。もちろん、その「道」がSKEの外へと通じている場合、ボクは悲しむしかないのですが。
ここでの問いは2つあると思います。ひとつは、高度成長が良いのか、成熟社会が良いのか、という問い。「そんなもん高度成長が良いに決まってる」という人もいるでしょう。熱量という点では、高度成長期の方が成熟期よりも遥かに大きいからです。みなが同じ方向を向くという力は恐るべきものがあります。それはたぶん、彼女たち自身がもっとも良く分かっていることでしょう。
しかし高度成長は、たとえば朝鮮戦争やベトナム戦争から目を背けることで成し遂げられた発展でしたし、その裏ではまた深刻な環境汚染が進行していたのです。そこには何か犠牲になっているものがある。もちろん、それを踏まえても高度成長期の方が良いと言う人はいるでしょうし、それはそれでひとつの考え方です。
だけど、ボクがここで問いたいのは、また別のことです。それは、現に成熟期を迎えている現在のSKEにおいて、どういうやり方が考えられるのか、という問いです。ここでは、SKEが成熟期であるというのは、解決すべき問題ではなく、現にそうであるという前提として考えられるでしょう。その前提を踏まえた上で、じゃあどうするか、というのがここで問いたい問題です。
P.S.
そう言えば、先日の「AKBSHOW」で、優子と対談した須田ちゃんが、ちょっぴりだけ照れながら、「センターを目指すこと」が目標だと語っていた。ああ…やっぱり須田ちゃんだな~って。なにか微笑ましい気持ちになった。