チーム・バチスタFINAL ケルベロスの肖像(3.5) | 想像上のLand's berry

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言葉はデコヒーレンス(記事は公開後の一日程度 逐次改訂しますm(__)m)

 
『チーム・バチスタFINAL ケルベロスの肖像』
 
2014年日本、127分
 
監督:星野和成
 
主演:伊藤淳史
 
概要
 海堂尊原作の小説を映像化したシリーズの最終章となる医療ミステリー。死因究明システムの一大改革に取り組む主人公たちのもとに舞い込む脅迫状に、死亡事件を絡め、医学界を揺さぶる衝撃が描かれる。伊藤淳史や仲村トオル、松坂桃李、西島秀俊ら歴代キャストのほか、桐谷美玲や生瀬勝久などが共演。監督は、本シリーズやテレビドラマ「都市伝説の女」などに携ってきた星野和成。映画版ならではのオリジナルストーリーが盛り込まれていることにも注目。(Yahoo!映画より)
 
映画版とドラマ版
 映画版とドラマ版でキャストが違っていたこのシリーズ。今回は、映画版の続編ではなく、TVドラマの劇場版になっている。だけど、2ver存在するということの違和感は、あまり感じない。
 
 それは、ボクがTV版も見ているからという理由もあるだろう。だけど、そもそも「オリジナルはどっちだ」という問いをしなくて済むのは、オリジナルは別に存在する(=原作がある)からだ。もともと、映画版もTV版もオリジナルから派生した別verに過ぎない。
 
 ただ、やはり比べてしまうところはある。映画版第一作は、ボクが酷評したように、演出の力不足が目立って見られたもんじゃなかった。第二作『ジェネラル・ルージュ』は、同じ監督だったけれどなかなか良かった。TVドラマの方は、尺の問題で不必要な要素を盛り込む傾向があって、演出よりむしろ脚本の出来が気になった。
 
 キャストに関しては、甲乙つけがたしってところ。竹内&阿部コンビもそれなりに良かったけれど、この伊藤&仲村コンビも4シーズン続けただけあって馴染んでいるし、息もピッタリ。映画版の堺雅人速水センター長は秀逸だったけれど、西島センター長もなかなかにカッコ良い。花房看護師長は個人的に映画版(羽田美智子)の圧勝だけれど、今作には出てないから関係ないし。
 
 ひとつ言えば、シーズン4に登場した栗山千明さんは、ボクは正直、ミスキャストだと思う。もちろん、ボクは彼女が好きだし、女優栗山千明を高く評価してもいる。だけど、チーム・バチスタにおける桜宮すみれ=栗山千明は、なんだかイマイチだった。
 
 やたらとキレるし、しかもそのキレるタイミングが逆ギレっぽくてイヤだった。桜宮すみれというキャラクターにボクはまったく感情移入できなかったし、もっとハッキリ言えば「ムカついた」。もちろんそれは、脚本&演出の問題なんだけど、演じ方ひとつで印象はまるで違った筈なんだ。ボクは、栗山千明は桜宮すみれの役作りに失敗したと思う(ついでに言えば、ギバちゃんも失敗していた…やっぱり演出の問題かな?)。
 
感想
 さて、前置きが長くなった。肝心の今作の話。ドラマ版の延長と見れば、それなりに見られる。だけど、映画単体として考えた場合、あまり良くはなかったかな…。
 
 まず(これは東野圭吾作品にも言えることだけれど)「犯人」の動機がイマイチ納得できない。一応、動機付けはされているんだけど、なぜそれが「大量殺人」という極端な手段に結び付いてしまったんだ、というところの描写が弱いと思う。これだったら、第一作の犯人のなんだか良く分かんない動機の方がよほどリアリティがあった。ああ、壊れちゃったんだな…と理解できたから。
 
 この犯人の動機も、後付けで説明しようと思えば出来るんだとは思う。だけど、それを作品の中でちゃんと、こっちに納得させてくださいと。それが脚本家の仕事であり演出家の仕事でしょうと。動機の部分が弱いから、犯人に同情…と言うかなんと言うのかな…犯人の心が理解できなくて、それがこの映画を観ていく上で、最後まで足を引っ張る。
 
 微妙に「良い話」にしようとしているところにも、何だか違和感を覚える。観ているこっちからしてみたら、「いや、あんた何人も殺しとるやん」と。「どこが良い話なんだ」と。色々な展開があって、踏み止まって、「良い話」なら理解できるけれど、もう「向こう側」に踏み込んでしまっているわけだから、単純に「良い話」でケリをつけようたって、それはどうしてもムリなんだ。そこまでの行為に至ってしまった心情が、ちゃんと描けていないからなおさらだ。
 
 もちろん、これは、犯人が誰か分からないようにしなければならない、という推理物の欠点でもある。心情を描いてしまったら、犯人だとバレてしまうからね。だけど、見終わった後にも(ネタバレされたあとにも)納得できないってのは、やっぱり脚本/演出に問題があるとしか思えない。ネタバレしたあとに丹念に描いても良かったわけだし、後から振り返ってみて「なるほど」と納得できるように、その要素を散りばめても良かったわけでしょう?
 
 もうひとつ引っかかったのは、殺された被害者(や遺族)たちの側からの描写がまるでなされなかったこと。犯人側の心理描写も弱ければ、被害者側の心境もちゃんと描かれてないから、葛藤も何もなんにもない。ただ「良い話」としてケリをつけられたって、こっちはまるで納得がいかない。やったら犯人寄りの演出で、しかもその犯人の心情も理解できないんだから、これはもう何がしたかったんだか良く分からない。
 
 これは原作そのものの責任なのか、それとも脚本家&演出家の責任なのか。ボクは原作を読んでいないから判断がつかないんだけど、TVドラマの「オリジナル部分」を見る限り、ボクはもともと、この脚本家(後藤法子氏)の力量にかなり疑問がある。あのTVドラマのオリジナル部分は、「必然性」というものをまったく考慮しないようなものだったし、それに、TVドラマの脚本にありがちな、物を良く知りもせずノウハウだけで描かれたような典型的なものに見えたから。
 
 この映画も同じ匂いがする。
 
☆☆☆★(3.5)