梅ちゃんのためのグランパス講座4(ピクシー) | 想像上のLand's berry

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言葉はデコヒーレンス(記事は公開後の一日程度 逐次改訂しますm(__)m)


梅ちゃんのためのグランパス講座4(ピクシー)

 「Jリーグのお荷物」と呼ばれていたグランパスが変わったのは、ピクシーとベンゲルが来てからでした。

 ピクシー…ドラガン・ストイコビッチ(Dragan Stojkovic,1965~)は東欧のブラジルと呼ばれた旧ユーゴスラビア代表の10番*として活躍し、世界中にその名を轟かせた人でした。
*10番というのは、サッカーにおいて少し特別な意味を持っている番号です。そのチームのことを何も知らなければ、とりあえず10番を探すことから始めるのが良いでしょう。そいつがそのチームのエースである可能性が高いです。

 今でこそ、Jリーグに所属している世界的な選手はC大阪のフォルラン(ウルグアイ代表)くらい、あとはセリエAで長く活躍した神戸のシンプリシオがそこそこ知られているかな…って程度ですが、いまだバブルの余波があった90年代前半のJリーグでは、ジーコをはじめとして、リトバルスキーやリネカーなど世界の超有名どころが集まっていました。

 しかし、それでもピクシーが日本に来ると聞いた時は、「え?マジで日本に来るの?」と驚いたものでした。ピクシーが来るってのは、かなりの衝撃があったのです。怪我の影響によって、当時ベストフォームではなかったですが、まだ20代後半の働き盛りでしたからね。

 そうして、94年、グランパスにやって来たピクシー。ボクの長いサッカーファン歴の中でも、ピクシーほど「忘れがたい」選手ってのは他にいませんね…。Jリーグ史上最高の選手のひとりであり、なにより、記憶に残る選手だった…と言うか、なんと言うか…ピクシーに関しては、言葉では言い尽くせない想いがあります。あの当時を知っているグランパスサポならば、みんなそう言うのではないでしょうか。

 リネカーとはまるで正反対。もうホントに子供みたいな人でね~…。Hot bloodで、とにかく、すぐカードをもらって退場するんですな。レフェリーに提示されたカードを取り上げて、「あんたが退場」って逆にレフェリーにカード出しちゃったり、もうムチャクチャ。あげくの果てに監督になってからも、タッチラインを割ったボールを50mくらいのボレーシュートでゴールに決めちゃって退場しちゃうしね(笑)

 でも、な~んか憎めなかった。土砂降りでピッチに水たまりが出来たら泳いじゃう(笑)

 そして、ボールを持ったら半端なかった。PIXY(妖精)*ってあだ名の通り、もう人間じゃないってくらい自由自在にボールを扱って、ヒラヒラヒラヒラと華麗に舞って相手をかわしていくのです。パスのアイデアも無限にあったし、ループの軌道も美しかった…。古き良き時代の10番と言うのかな、ああいう伝説に残るようなプレーをリアルタイムで見ることが出来たグランパスサポは幸せものでした。
*(本当はアニメの主人公のネズミの名前に由来しているらしいですが)

 2001シーズンに現役を退いたのちは、母国ユーゴスラビア(セルビア)サッカー協会の会長を務めたりしていましたが、2008シーズンより監督としてグランパスに復帰。そして2010シーズンには、グランパスに待望のJリーグタイトルをもたらしました。ピクシーと一緒にJリーグを制覇することが出来た。あの時は…いや今でも思い返すと、「ああ…グランパスサポでホントに良かったな~」と心から思いますね。

 グランパスのことを知りたいなら、とにかくピクシーのことを知らなきゃ話にならない。グランパスサポにとって、ピクシーはそれくらい特別な存在です。ピクシーほどグランパスサポに愛された選手ってのは他に居ませんし、監督として負けまくって11位に沈んでも(2013シーズン)、他の監督だったら許せんけど、まあピクシーならしょうがない(笑)

 ピクシーは特別なんですよ。